とあまりななつ



主のいなくなった神域を維持することは難しい。

神域を維持するには、山にめぐる龍脈を主だけが知る龍穴から力を注いで清めてやらねばならないのだ。

これを私達は“魂振り”という。

魂振りは月に一度、朔の日に行う。

また、魂振りの方法はそれぞれの神域で異なっているため具体的なことは教えられず、また魂振りを行えるのも本来ならば主のみである。

故に、私達では直接力になることは出来ない。



すまない、と肩を落としたスサノオ様に私は大きく首を振る。

「いえ、ありがとうございます。何をすればいいのか全く分からなかった私にとっては“魂振り”のことを教えてもらえただけで十分すぎるほどです」

そう言って、月の昇ってきた空を見上げる。

「今夜は下弦の月ですね。朔までに…まだ時間があるので、私は貴船の魂振りの仕方を探してみます。今日は本当にありがとうございました」

そう言って笑って下げた頭を、大神様達に撫でられる。

「その年で大変だと思うが…まぁ、頑張れなど他人事は言うまい。何かあったらまた気軽に連絡をよこしなさい」

スサノオ様の暖かな言葉に、私は少し苦笑する。

「…はい。それでは、失礼します」

もう一度頭を下げると、突然突風が吹いたかと思った瞬間にはもう目の前には誰もいなかった。

本当に、神様ってのは自由奔放なもんだ。


「!水姫、大丈夫か!?」



一寸、ぼけっとそんなことを考えながら立っていた私を我に返させたのは置いてきてしまったはずの獏だった。

「あれ?獏…。えーっと、ここは…」

いつの間にか周囲の様子がすっかり変わっていて頭を傾げる。

「熊野の参道の入り口だ。お前があの変なのに連れてかれたあと、八咫烏にここで待っているよう言われた」

少し憮然とした獏に私は笑いをもらす。

「変なのって…。まぁ、いいや。早速調べたいことができたから急いで貴船へ向かおう」

その言葉に、獏が耳をぴくりと動かす。

「主の欠けた神域の守り方を教えてもらったのか?」

「まぁ…ぼんやりとね」

「…ぼんやり?」

「うん。詳しいことは貴船行かないと分からないみたい」

未だ釈然としない様子の獏を連れて、私は白尾さんの待つ貴船へと急いだ。







「うんにゃ?龍穴?」

貴船の麓で合流した白尾さんに魂振りのことを話すと、白尾さんは首を傾げる。

「そう。知らない?」

貴船の裏鳥居でごろりと寝そべっていた白尾さんと合流して尋ねれば、彼は大きく欠伸をする。

「知らんのう。龍脈は主にしか干渉することが叶わぬゆえ…。おぬしらも知らんだろう?白馬に黒馬や」

白尾さんがそう言うと、いつからいたのか鳥居の奥から白馬と黒馬が靄の中から姿を見せた。

「白馬…、黒馬…」

二人ともいつもの綺麗な和服ではなく、黒い着物を着ていた。
それがこの山にとって何を意味するのかくらい私にだって分かる。
貴船は主を失ったのだ。
それがたとえ永遠にでなくても、母様のいなくなった意味は彼らにとってあまりにも大きすぎるものだったのだ。

「白馬、黒馬…、ごめんなさい、私…」

何と言ったら良いか分からなくて、それでも何か言わなくちゃと乾いた口で言葉を押し出したものの、それは木の葉を揺らした風に掻き消されてしまった。

情けなくてうつむいた私に届いたのは、一つの溜息。

それにびくっと肩をゆらした私に黒馬が呆れたように言う。

「ようやくご自身の軽率な行動を顧みてくれたのは私にとっては嬉しいことだと思っていましたが。こうも殊勝になられるとかえってこっちの調子が狂わせられるということがわかりました」

「え?」

何のことかと顔をあげた私の目の前にはいつのまに居たのか貴船にいるたくさんの精霊たち。

目をぱちくりとさせてあたりを見回す私に、白馬が笑う。

「水姫様。どうしてそんな顔をなされているのですか。いつだったか言ったはずです。水姫様は私達の唯一の宝物なのです。水姫様がご無事で…本当に、よかった…」

白馬が見せた綺麗な笑顔に涙があふれる。


「姫様。姫様は一人ではありませぬ」

「我ら、ずっと姫様の味方でございます」

「高淤加美神様がお休みになられている間くらい、私達でも貴船を守っていけます。どうかご安心なさってください」


我先にと、声をかけてくれる皆に私は何も言えず、ただ胸にあいた穴のようなものが暖かいもので埋まっていくような感覚に涙を流したのだった。







「姫様、よろしいでしょうか」

貴船に帰り、とりあえず一人で龍穴を探しているとき、河伯に呼び止められて私は首を傾げる。

朔までにもう時間がない。かといってやはり精霊達は龍穴のことは知らず、龍穴を感じられるはずの神格である白尾さん(元神格)と私で龍脈から辿っている段階だった。

白尾さんの言うとおり、意識を地中に向ければ確かに光るような筋を感じられるのだが、その数があまりにも膨大でしかも複雑に絡まっているせいでどこに龍穴があるのか分からない。

いよいよ朔が今晩に迫っていると言う今日、河伯から聞かされたことはまさに唯一の手がかりになった。

「姫様。実は、高淤加美神様がお隠れになる前に、一つ伝言を頼まれていまして」

「え?」

「もし水姫様が貴船で困っているようなことがあったら“月のない夜に月を探せ”と。よく考えてみると月のない夜とは朔の日のこと。これは龍穴の手がかりではないでしょうかな」


―…月のない夜に月を探せ?

謎々のような、とんちのような伝言に私は眉間に皺をよせたのだった。





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