とあまりひとつ


「本来ならば私が訪ねるべきところ、この老いぼれの身では今はもう歩くこともままならず…。ご無礼をお許しくださいませ」

これが、27代目当主…。

死に行くところを獏が術で仮死状態にして、母様が癒していかれたと聞いたが…その体は完全に回復することはなく布団から体を起こすのが精いっぱいのようだった。

「お気になさらずに。それよりもあまり無理をなさらぬよう…」

私の言葉に、当主はふっと笑みをこぼした。

「ゆらの言っていたとおり、本当にお優しいお方のようだ。この命も神に永らえさせてもらったもの。もはや私は引退の身ではありますが、私が生きているうちは何かお役にたてることがありましょう。何かありましたらこの花開院家を使ってください」

その言葉に私は苦笑する。

私は何もしていないのに。

でも、頼めるならどうか。

「…どうか、此度の戦で壊れてしまった神社の再建を人々に呼びかけてもらえないでしょうか。神の帰る場所は、人にしかつくれないのです」

今回、京都にあるたくさんの神社が壊れてしまった。
神社は、人がつくる神の家。
再建されなければ神々は避難した天上から戻られないかもしれないし、そうなれば京都は神々から見放されてしまう。

そんな私の願いに当主は深々と頭を垂れる。

「もちろんです。花開院家が筆頭となってやらせていただきます」

「ありがとうございます」

花開院家も大変だろうに、快く引き受けてくれたことに、私は少し申し訳ないと思いながらも当主の部屋を後にしたのだった。







「水姫さん…」

当主の部屋を出ると、そこにいたのは竜二ではなくゆらちゃんだった。

「おじいちゃん、どうやった?」

小さく聞かれた言葉が少し震えていた。

一度は仮死にまで至った身。それにあの年では長くは持たないと思いながら、私はゆらちゃんの頭を撫でた。

「大丈夫だよ。…私に力が戻ったら、また癒すことができるしね」

その言葉に、ゆらちゃんがちらっと私の右手を見たのが分かった。

「…水姫さんは、大丈夫なん?」

「あはは。わかんない」

「え?」

驚いたように、顔をあげて私を見つめたゆらちゃんの髪の毛をくしゃりと撫でて笑う。

「私、確かに神様だけど…まだゆらちゃんと同じ年しか生きてないんだよね。こんなの初めてで全っ然わかんない」

戸惑うゆらちゃんを、私はぎゅっと抱きしめる。

「お願い、ゆらちゃん。距離を置かないで。神様だからって線をひかないで。リクオ君を受け入れたように私にも前と変わらずに接して」


リクオや竜二は、少し特殊だ。

対して、ゆらちゃんは揺らいでいた。

私に対してどうやって振舞えばいいのか戸惑っていた。
そこにいるのに、どこか遠い。

最初、自分が神だということをリクオや皆に隠していたかったのは、そうなるのを恐れていたからだ。

そんなことを考えていた私の耳に、溜息がひとつ聞こえた。

「もう…ほんまいい加減にしてほしいわ!奴良くんは妖怪の総大将やし、及川さんたちは妖怪やし!その上まともやと思ってた水姫さんまで神様やて!?」

その声の剣幕に驚いて、思わず私は身を引いてゆらちゃんを見る。

「ゆ、らちゃ…」

「お兄ちゃんは白や黒やのはっきりしろって言うけど、はっきりしとる奴なんて全然おらんがな!もうええわ!」

「え…」

「私は陰陽師や!悪いもんから人を守んねん!だから白とか黒とか関係ない!人に悪さする奴はみんな滅したる!そうじゃないのは…」

ゆらちゃんが私を見て、笑った。

「神様も妖怪も関係あらへん。水姫さんは、私の友達や」

「ゆらちゃん…」

思わず目頭が熱くなって、私は慌ててゆらちゃんに背を向ける。

「ありがとう。おかげで、決心がついた」

「水姫さん…?」

「母様を失って揺らぎかけてたの。でも、そう。友達、だから。やっぱり守りたい。中途半端に投げだしたら母様に怒られちゃう」

よし!と左手をぐっと握りしめて、私は振り返らないでゆらちゃんに言う。

「ゆらちゃん。お世話になりました、って花開院家の皆さんに伝えといて」

「ええけど…。そんな体でどこに行くん?」

心配そうなゆらちゃんを振りかえって私はにっと笑う。

「ちょっと熊野まで」





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