とお


「本当に皆とは会っていかないの?」

リクオくんが花開院家を出る準備を終えて、私が休んでる部屋に顔を出しに来た。

その言葉に、私は苦笑して頷く。

「こんな姿見られても言い訳思いつかないし。それに…」

黒ずんで、全く動かせない右腕に視線を落とす。

「何もできなかった自分が悔しくて…。恥ずかしくて会わせる顔がないよ」

「そんなことないよ!」

私の言葉に、リクオくんが大きな声を出す。

「少なくともボクは水姫さんに助けられた。それに、花開院の27代目当主…ゆらちゃんのおじいちゃんも水姫さんが助けてくれた」

「…違うよ。あれは獏と母様のおかげ…」

「水姫さんがいなかったらその二人にも助けられることはなかったんだ」

だから、やっぱり水姫さんのおかげでしょ?と明るく笑うリクオくんの笑顔は夜のときとはまた違って、かなり可愛い。

というか、癒されるな。

私は左手でリクオくんをちょいちょい、と手を振って自分の近くに呼び寄せる。

「?どうしたの?水姫さ…」

―グイッ

不思議そうな顔で近づいてきたリクオくんの手を引っ張ってリクオくんを自分の腕の中におさめる。

「ちょ、水姫さん…!?」

驚いたような戸惑ってるような声に、私は笑いながら彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
その髪の間から見えるリクオくんの耳は真っ赤に染まっていた。

「夜のリクオくんには何故かいつも勝てないからね。腹いせに昼の君を今度は私が可愛がることにしようと思ってね」

そう言うと、腕の中でリクオくんがええ!?と困ったようにうろたえる。
その姿も何やら愛おしくて、私はくすりと笑った。


「おーい!奴良くーん!どこだーい!?」


そんなときに清継くんの声が聞こえて、私はようやくリクオくんを解放する。

「ほら。みんな探してるみたいだし、行っておいで。どうせ夏休み明けには私も帰るからさ」

顔を真っ赤にしているリクオくんの髪の毛を整えてあげてから、私は彼の背中をぐいっと押す。

「学校にもちゃんと来る?」

自分でも髪の毛を整えながら心配そうに聞いてくるリクオくんに私は笑みをこぼした。

「うん。…ありがと、リクオくん」

母様や私の傷のことを心配して言ってくれてると分かって私は少し、泣きそうになった。

浮世絵町で待っているから。

そう、言ってくれた気がした。







「いいのか?」

リクオくんを見送った後、再び襖が開けられた。

「なによ、獏まで」

呆れたように顔を向けると、獏はなんだか複雑そうな表情を浮かべていた。

「…別に。だが、あの小僧と一緒にいたいんじゃないかと思ってな」

「リクオと?なんで?」

別に、今までもずっと一緒だったわけでもないし、今更夏休みの間会えないことぐらい別になんでもないのだけど。

そう思って首を傾げると、獏が眉間にしわを寄せながら少し言いにくそうに口を開いた。

「…想い合っている者同士は、いつも一緒にいたいと思っているもんだと」

「お、想い合っている者同士…!?ちょ、ちょっと待って、いつからそういう話になってんの!?」

「?昨晩、そういう話になったのではないのか?」

獏の突拍子もない…まぁ、ちょっとは当たっているような言葉に私は溜息をつく。

「違うよ。別に付き合ってるわけでもないし、それに…」

私はリクオのことを思って微笑む。

「近くにいることだけが全てじゃないよ。彼は彼のやり方で。私は私のやり方でもっと、強くなる」

「そうか」

「?」

私の言葉に、獏は少しだけ嬉しそうに呟いた気がした。






「もう、起きても大丈夫なのか?」

リクオくん達が去った後、私が部屋の外を歩いていると庭から声がかかった。

「竜二こそ」

広い屋敷と屋敷の間に渡された廊下の手すりから竜二を見ると、早先の戦いで荒れ果てた庭に一人で立っていた。

「何してんの?」

聞くと、竜二は相変わらずのしかめっ面で鼻を鳴らして持っている古そうな書物を掲げて見せた。

「新しい術の開発と改良だよ。こんだけ京都が荒らされてうちの信用もガタ落ちだ」

「へぇ。なるほどねー」

周りを見渡せば、まだ傷や包帯だらけの陰陽師が皆それぞれ走り回っていた。

それらをぼんやりと見ていると、竜二は本を閉じて欄干を飛び越えてきた。

「あれ?修行はもういいの?」

聞くと、竜二は肩をすくめて私の手を掴んだ。

「お前が動けるようになったら祖父さんとこに連れてこいって言われてたんだよ。ついてこい」

私の返事もきかずにずんずん進んでいく竜二には相変わらず愛想というものが見えなかったが、前よりか親しくなった気がして、私は少し嬉しくなって素直に引っ張られることにしたのだっだ。





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