ここのつ
「あああ…」
去って行ってしまった三人に弁解することもできずに、がっくりとうなだれてる私の顎に手を添えてリクオが顔を上げさせる。
「保護者の承認も得たことだし、いいことするかい?」
にやりと笑ったリクオの言葉に、私の顔に熱が集まる。
多分、今私の顔は真っ赤だろう。
それを見たリクオが可笑しそうにくつくつ笑うから、からかわれたと気付いて、照れ隠しに私は動く左手でリクオの頬を思いっきりつねってやった。
「もう、リクオなんて知らない」
ふん、とリクオに背を向けるとリクオが笑いながら謝ってくる。
「悪ィ悪ィ。…くくっ。でも思ったより水姫は初心なんだなァ。いつも落ち着き払ってるとこしか見てねェからな」
「…悪い?」
どうせ、恋愛ごとには疎いですよ、と口を尖らせて言うと後ろからリクオに抱きしめられた。
「いや。その方が可愛いぜ」
「…!!!」
リ、リクオがなんか積極的になってる…!?
あまりのことに声が出ない私に、再びリクオは可笑しそうにわらってから離れた。
何故か、リクオの温もりがなくなったことにほんの少し…ほんの少しだけ寂しく思っていると、リクオがさっきとは違って何かを考えるように私に問いかけてきた。
「水姫は、これからどうすんだ?」
その質問に、私はリクオに背を向けながら少し考えた。
そう言えばこれからのことなんて、考えたことはなかった。
私の知っている物語は終わり、次は何をしたら皆を守れるか知っていたころの私はいない。
「…どうしようかな」
とりあえず、この京都での闘いの後始末をつけなくちゃ。
「夏休みが終わるまでは、京都にいるよ。母様のこともあるし、いろいろ話を聞きたい神様もいるし。リクオは?」
「そうだな…」
少しの沈黙が降りてきてからリクオは答えた。
「まずは、浮世絵町に戻って正式に三代目を襲名しようと思う。それから、修行だな」
「そっか」
また沈黙が落ちる。
さっきまで耳に入ってこなかった虫の声がなんとなく大きく聞こえた。
私は、背を向けていたリクオをちらっと振り返る。
彼は縁側で再び体を横にしていた。
少し襟元が乱れた着流し姿が艶やかで思わず私は息を飲む。
「リクオは…」
沈黙を破って私は声を出したが、思ったことを言葉にするのに少しためらった。
リクオにさっきからずっと聞きたかったことが、胸の中でもやもやしているのだが、直接聞くのはすごく恥ずかしい。
でも、聞かなければ胸のもやが晴れることもないだろう。
少し息を吸って、止める。
「リクオは、なんで私のことが好きなの?」
息と一緒に、一気に言葉を吐き出して、また沈黙。
あああ!やっぱり聞かなければよかった…!
頭の中でそんな後悔がぐるぐると渦巻いている私に、リクオはきょとんとした後、にやりと笑った。
「あんたが水姫、だからかな」
私の黒い髪を一房手に取って口付ける様子に、私の心臓が飛び跳ねた。
「…っ、意味、分かんない」
必死の虚勢もリクオには見抜かれているようで、赤い瞳を細めて私を見つめる。
「…!」
その視線に耐えきれなくなって、私は再びリクオに背を向けて胸に手を置く。
なんか、体が熱いし、心臓の動悸がおさまらない…!
今までリクオをこんなに異性として意識したことは、よく考えればなかったかもしれない。
ほんとに、なんだか今日は調子が狂う。
私は溜息をついて空を見上げた。
それは、綺麗な月で。
久しぶりの邪気のない闇の中、美しすぎるくらいの光を私達に浴びせていた。
こんな夜は人の心を惑わせる。
この気持ちもこんな月夜のせいなんだと自分に言い聞かせながら、なんとなくこれから何かが変わっていく予感を私は感じていたのだった。
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