やっつ



「…いいのか?」

私の手の上で揺らめく竜玉を驚いたように見るリクオに、私は頷く。

竜玉の隠し場所を考えとくよう、白尾さんに言われたときに真っ先に思い浮かんだのがリクオのもとだった。
普通の龍神ならば、己の神地にでも隠すのだろうか。

しかし、自分の神地もまだ持たぬ私にはその選択肢はなかった。

もし、この世界に生まれた意味があるのだとしたらきっとそれは目の前にいる彼のためなのだろう。
だとしたら自分の命も彼とともにいるのがふさわしいように思えた。

「リクオが、いいのなら」

真っ直ぐリクオの目を見つめると、彼はふっと口角を上げた。

「分かった。水姫の命、俺が預かる」


鮮やかな彼の瞳が月の光を受けてきらりと光った。
そして次の瞬間、私の手のひらで浮いていた竜玉はしゅるりと形を崩してリクオの左胸に吸い込まれるように消えた。

「…え!?」

まさか吸い込まれるとは思わずに私もリクオも驚いて、私は慌ててリクオの着物の襟もとを開けた。

「これは…」

リクオの左胸…一般に心臓があると言われている肌に浮かぶは水面が壁などに反射したときに見えるような水の影。
刺青とは思えない、まるで本物の水面が浮いてるかのようにゆらりと水色が揺れる様は美しく、しばらくリクオと二人言葉を交わすのも忘れて見つめていたのだった。






「そういえば、水姫と鬼纏をした“証”は背中でなく胸に刻まれてたんだったな」

放心状態から戻ったリクオが思い出したように言って笑う。

「…そうだったの。その“証”に私の神気が宿っていたからきっとそこを居場所と決めたのね」

ほう、と息をついて私は空を見上げる。

「“天にあっては比翼の鳥のように。地にあっては連理の枝のように”まさにそんな状態ね」

切ることのできない縁。

どうやら、普通にリクオと恋仲になるよりもっと深く縁を繋げてしまったようだ。

これには我ながら呆れたように笑うしかない。

「なぁ、やっぱりもう祝言あげちまうか」

にやりと笑ったリクオの頭を左手で叩いて、私はリクオの頭をぐりぐりと押さえつける。

「あげない。っていうか、日本の法律では女は16歳、男は18歳にならないと結婚できないの。夜のあんたでも精々16歳程度でしょう」

「妖怪にそんなん関係ねぇよ。なぁ、じじい」

「え!?」

突然、リクオが後ろを振り向いてそう声をかけたので驚いて振り返ってみると、縁側の角の壁からこちらを覗く人影が三つ。

「し、白尾さんと…獏…?」

正確には、にやにやと笑いながらこっちを見ているぬらりひょんと白尾さん、そしてなぜかとんでもなく不機嫌そうな獏の三人。

「ずっと見てたの!?」

別に悪いことはしてないのに冷や汗が背中を流れる。
そんな私に、白尾さんがしらっと肩をすくめる。

「まぁ、水姫がリクオの襟を開けて襲ってたところらへんからかのう」

「は!?え、ち、違くて…!それは、リクオの胸に…!」

変な誤解をしている。

絶対に変な誤解をしている。

慌てて誤解を解こうと説明を試みたが、その言葉は白尾さんとぬらりひょんに遮られる。

「よいよい。あとはお若い者同士、ごゆっくりとな。ほれ、獏行くぞ」

「リクオ、ハメをはずしすぎるなよ」

ひょひょ、と笑いながらとんでもない発言を投下して三人は去っていってしまった。

ひきずられていく獏の顔がとんでもなく怖かった。




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