ななつ
そんなやり取りが縁の向こう側でされているとは知らずに、私はリクオに全てを話した。
自分に前世の記憶があること。
前世ではこの世界のことが書物になっていたこと。
そのことに気付いて、興味本位で主人公であるリクオに近づいたこと。
だいたいのことを話し終えた私とリクオの間に沈黙が落ちた。
私は、縁側から見える月を見上げていた。
リクオは戸惑っているだろうか。
それとも、興味本位で近づいた私に怒っているだろうか。
もしくは、知らないはずの自分のことを知っている私を気持ち悪いと思っているのだろうか。
覚悟を決めたはずなのに、こうも簡単に心が揺らぐ。
…拒絶されたら、さすがにへこむな。
そんなことをぼんやりと考えていた私の耳に届いたのは、くつくつと押し殺したような笑い声だった。
ああ。冗談だと思われたのだろうか。
それなら、それでもいい。
そんな思いで目を閉じた私にリクオが言った言葉を、私は一生忘れないだろう。
「嬉しいな。水姫は前世から俺のこと、見守っててくれてたのか」
「え?」
思いもしなかった言葉に、思わずリクオを見ると彼は赤い瞳を細めてごろりと横になった。
私の膝に頭を乗っけて。
「ちょ、リクオ…」
いつ人が通るかも分からないのに、こんなところを見られたら誤解されてしまうと焦る私に、リクオは軽く笑う。
「いいじゃねえか、今日くらい。…流石に、少し疲れた」
人の気も知らないでうとうとし始めたリクオに、私は溜息をついて再び月を見上げる。
「…さっき、リクオの想いにまだ答えれないって言ったけど…さ。私、確かにリクオのことを特別に想ってるよ。…でも、それは前世の記憶からの憧れでしかないのかもしれない」
「…ああ」
「多分、ずっとその答えは出ないよ。リクオを、本当に愛することは…できないかもしれない」
いっそのこと、前世の記憶などなければよかったのに。
全く知らない世界で彼と出会えていたら。
この焦がれる想いが恋だと確信できただろうに。
どんなにこの世界を生きていても、前世の記憶がある限り、リクオはこの世界の主人公でヒーローで最初から“特別な存在”として私の中に居座り続けるのだ。
もしもリクオと一緒になるならば、一生この特別な想いが恋なのか憧れなのか分からず葛藤し続けるだろう。
「…水姫が、俺のことを特別に想ってくれてんなら、今はそれでいい。…だから、泣くんじゃねェ」
ぐいっと暖かいぬくもりに目じりを拭われて、初めて自分が泣いていたことに気付いた。
下から私を困ったように苦笑して見上げるリクオが、こんなにも愛おしい。
愛おしいのに、答えが出ない。
彼を困らせたくないのに。
だからせめて笑ってみせた。
「この世界で、私が一番に想っている証拠をあなたに預ける。例え、結ばれなくともあなた以上に想うことのない証を」
「?」
その言葉に、リクオが不思議そうに体を起こす。
そして、私が袂から取り出したのは淡い水色に揺れる竜玉だった。
「これは、私の心臓。壊れれば、きっと私の命も尽きる」
母様は言っていなかったが恐らくそうなのだろう。
まがりなりにも自分のことだから、なんとなく感じる。
「夫婦を結ぶ誓いの盃よりも重く、堅いもの。本当に…」
ここで、私は一瞬ためらった。
「本当に私のことを想ってくれるのならばリクオにこれを預けたい」
これが、共に生きたいと言ってくれたリクオに対する私の精一杯の返事だった。
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