むっつ



リクオと私の沈黙の間を、虫の音がころころと響いていった。

リクオの綺麗な赤い瞳がまっすぐ私を射ぬいていて、呼吸すらも忘れてしまいそうなほど私は彼の目に惹きこまれていた。

言われたことに返事をしなくちゃなんてことは考えられず、ただ、彼の瞳を見つめ続けていた。


先に視線をずらしたのはリクオだった。


「…いや。今じゃなくていい」

「…え」

首を振ってリクオは笑った。

「今の答えはきっとオレの望んだ答えじゃねぇからな」

「そんな…!」

言いかけた私の口を、リクオがふわりと笑って人差し指でふさぐ。

「勘違いすんな。お袋さんや自分自身が大変なことになっちまって不安になった心につけ込みたくないってだけだ。今、もし良い返事をもらってもオレは満足できねぇだろうからな」

その言葉に、私は黙って胸あたりの服をつかんだ。

不安。

そう、母様がこんなことになって。

穢れという忌むべきものを抱えた身体になって。

不安で、崩れそうで、頼りなくて。

今だったらきっと、寄りかかれるものが欲しくて安易にリクオに答えていたかもしれない。

それは本当に望んでいたリクオとの関係…?


そうじゃない。

私は…、私も、守りたいんだ。

私も、強くなろう。

もっと世界を知って、きちんと大切なものを守れるようになって。

全てはそこから。

京都での闘いは終わったけれど、本当の始まりはここからなんだ。

私はすうっと夜の少し生ぬるい風を吸い込んだ。

「ありがとう、リクオ。それから、ごめん。やっぱり今の私には答えれない。でも、これだけは約束する。私はずっと、あなたの味方だよ」

その言葉に、リクオが突然小さく笑った。

「?」

首を傾げた私に、リクオは目を細めた。

「覚えてるかい?捩目山のとき、同じこと言ってくれただろう?」

捩目山…。
牛鬼編の前、確かに電車でそんな話もしたような。

あの言葉は昼のリクオに言ったような気もするけど…、そうか。“どっち”もリクオか。


「あんときから、ずっと。見守っててくれてたんだな」

リクオの柔らかい声に私も苦笑する。

「…正直、あの頃は私が守らなきゃ、って思ってた。リクオも、みんなも」

「?そういや聞き忘れてたが…水姫はなんでそこまでオレ達のことを…。そもそもなんで京都から浮世絵町までわざわざ転校してきたんだ?」

不思議そうなその言葉に、私は諦めにも似た溜息をついた。

いや、吹っ切れたと言うべきか。

全てを話す心の準備と、それを言うだけに値する信用を、私はリクオに持った。

隠す必要も、ない。

「話すよ。全部。私とリクオの縁の始まりを」









「おい、こら。獏。落着け」

白尾が声をかけると、獏は不機嫌そうに白尾を睨む。

「十分落ち着いている。だが、あの小僧。水姫に変なことをしてみろ。神を穢したとあらば神使は黙ってはいないぞ」

鼻にしわをよせる獏に呆れたように、水姫達からは見えない縁側の角に座る白尾は溜息をついて盃を傾ける。

「なに。そんな無粋なことはしまいて。仮にもおぬしの孫なんじゃろう?のう、ぬらりひょん」

白尾に言われてぬらりひょんは、からからと笑う。

「さあのう。リクオはワシに似てちょいと強引なところがあるからなぁ。まぁ、粋な奴には違いあるまい」

「にゃはは。お前のどこが強引だ。惚れた神に話しかけることすら出来んかった初心な奴が」

「白尾、その話はしてくれるな。…それに、龍神さんがこんなことになってしまっては…。もうワシが生きているうちにはお会いすることは出来んだろうなぁ…」

淋しそうにそう言うぬらりしょんの盃に酒を注いで白尾が軽く笑う。

「…なに。高淤のことだ。そのうち穢れもとれぬうちにひょっこりと飽きたと言うて顔を出すじゃろう。それよりも、お前のところの奴らもしばらく見ぬうちにだいぶ顔ぶれが変わっておるようじゃが。狒々の奴は元気にしとるかい?」

「…」

白尾の言葉に、酒を飲むぬらりひょんの手が止まった。

それをいぶかしむ白尾に、ぬらりひょんは懐から何か赤いものを取り出した。

チリン、と涼やかな音を出して転がったそれは…

「これは…狒々の奴が私につけた鈴ではないか。懐かしい」

目を細めて赤い紐の先についた鈴を弄る白尾に、ぬらりひょんは視線を月に映して呟いた。

「狒々は…死んだ」

その言葉に、白尾はぬらりひょんを凝視する。

しばらく静寂がその間に落ちた。

そうして、しばらくして再び白尾が鈴を手のひらで転がす。

「そうか…。人も、妖も…儚いのう」

ぽつりと呟かれた白尾の言葉に答えるように、鈴がチリリン、と小さく鳴いた。




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