ふたつ
「さて。我が娘の方は…」
リクオが三代目襲名を宣言する傍らで、眠るように意識を失っている水姫の方に高淤加美は視線を移す。
「またいろいろと無茶をやらかしたようじゃのう」
「高淤加美。すまぬ、私がついていながら…」
歩み寄る高淤加美にゆっくりと視線を移して、白尾が重たそうに口を開く。
「よい。お主が止めていたのも見ておった。それに“言霊”を使われてはかなわんだろうよ」
その言葉に、白尾はうなだれる。
「獏の小僧や。ちょいと席をあけておくれ」
そう言って、高淤加美は水姫の傍らにどっかと座りこむ。
「地獄の穢れか…」
「うむ。“直接”触れられてしもうた」
白尾と高淤加美の見つめる視線の先は、黒く変色した水姫の顔。
ちょうど、晴明に触れられたところから毒が染み渡るように黒い“何か”がまるで意思を持っているかのように蠢いていた。
「私の力では侵食を止めるのを遅めることしか出来なんだ」
「よい。よくやってくれた」
高淤加美が頷いて、うごめく黒い痣に手をかざす。
「高淤加美!まさか、お前自分に移すつもりでは…!」
焦ったように顔をあげる白尾に高淤加美は、かっか、と笑う。
「呆けたか、白尾。我は水姫の母であるぞ。娘の痛みを肩代わりできるならこの命すら惜しくもない」
呆気にとられる白尾に、もう一度にっと笑ってみせてから高淤加美はゆっくりと目を閉じた。
ひどく、恐ろしい夢を見た。
闇のなか。
上も下もわからない。
自分が誰かすらも思い出せない。
私は誰?
ここは、どこ?
闇の中に体の感覚さえも消えていって。
そう、まるで闇に自分の体が分解されるような恐怖。
恐怖から自分を守るために身を丸めることすら出来ず、ただ大切な何かが“堕ちて”いく感覚だけ。
あ、れ?
でも、この闇に消えていく感覚…以前に同じようなことがあった気がする…。
記憶じゃなくて、似た感覚を体が覚えているような…
前は…何か暖かいものが、私を包んで…くれた、気が…
考えるのも億劫になってきたとき、ふわりと闇の中に優しい蒼色の靄が見えた気がした。
ああ、そうだ。
確か“前”も同じように…。
「はっはっは、美しい魂じゃ」
不安が一気に吹き飛ぶような快活で暖かい声。
私は、必死にその声の方へ手を伸ばした。
「なんじゃ?我のところに来たいのか?…ふむ。神渡りに迷い込んできた生きた魂なんぞ珍しい。これも、何かの縁かのう」
ゆらゆら揺れる蒼い光。
暖かくて、優しい、光。
お母、さん…!
「ほう。母と呼ばれるのもいいかもしれんのう。どれ。おいで。今宵からそなたは我の娘じゃ」
ふわりと包み込んでくれる暖かい光。
「ああ、こう腕に抱いてしまうとなんとも愛おしいものじゃ。元気な子に産んでやるからのう…。もうしばらく、おやすみ…」
子守唄のように心地よい声に、私は安心して身を預けたのだった。
ああ、そうだ。
私は、一度死んで…神様に転生、したんだっけ。
ああ、思い出した。
全部、全部全部。
あは、は。なんか私も晴明みたい。
記憶持ったまま転生したなんて。
でも、違う。
私は、晴明とは違う。
そうだ。起きなきゃ。晴明からみんなを護らないと。
“そうよ。こんなところで死ぬような軟弱にお前を産んだつもりは我はないぞ”
「母、様…」
“おいで。まだ、やり残したことがあるんだろう?”
「はい…。…はい!」
いつの間にか体の感覚が戻っていた。
暗闇にぼんやり浮かぶ、母様の姿が妙に懐かしくて私は母様の腕の中に飛び込んだのだった。
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