とあまりここのつ
「リ…クオ…」
晴明に向けたリクオの刃。
一瞬にして私は悟る。
それは届かない。
届いてほしい。そう望みを持っていた羽衣狐のときとは違う、この思い。
失うことへの恐怖。
リクオが、殺される。
そして、その予感はすぐに実現のものとなる。
「なる程…。祢々切丸か。たしかにいい刀だ」
人差し指一本で晴明はリクオの刃を止めた。
「だが私を倒す程の力ではない」
―ピシピシピシッ…
駄目、だ…!
刀身にひびが入り、一瞬にして粉々に砕かれた祢々切丸。
いかなくちゃ…!リクオが、殺される…!
しかし、飛び立とうとしたその肩を後ろから強く掴まれる。
「白、尾さんっ…!なんで…!」
眉間に強くしわを寄せて白尾さんは首を振る。
「“あれ”に近づくな」
「なんで!はやくしないと、リクオが…!」
理由もわからずがむしゃらに白尾さんの手を振りほどこうとしている間に、リクオへ向かって白刃がきらめいた。
「…っ!」
そして、思わず息を飲んだ。
「羽衣、狐…?」
リクオを庇ったのは、…違う。
あそこに羽衣狐はもういない。
あれは羽衣狐の“依代”。
そう。闘いが始まる前に、私が助けると約束した“少女”
晴明の手によって袈裟切りにされた彼女を見て、私の頭は急速に冷えていったのだった。
「水姫?」
突然変わった雰囲気に白尾が声をかければ、振り返るまだ幼き自分の主。
その瞳は飲み込まれるほど静かに、深く、限りなく澄んでいて。
「離しなさい、白尾」
「…!」
自分の意思とは関係なく、腕が動く。
「これ、は…」
“言霊”
白尾は絶句する。
古くから…―それが生まれたときから、言葉には力が宿っていた。
しかし、今は嘘と欲でまみれた言葉に魂が宿ることはなくなり、いつしか“言霊”の力は人々から失われ、また神々の間でも自在に扱えるものはすでに数えるほどしかいなくなっていまった。
神も人も妖怪も、時代とともに変遷するならば、“言霊”とは太古のすでに失われし力なのだ。
それを、この幼き自分の主は…―。
「なぁ、信じられるか?獏よ」
宙を翔けていく水姫を見つめながら白尾はぽつりと呟いた。
「私達はとんでもない存在に仕えているのかもしれんぞ」
「…今さら、気付いたのか」
返ってきた獏の言葉に、白尾はふっと笑みをこぼす。
「長生きはするものだ。国産みからの神話の続きを、あの子は背負っていくのかもしれんな。しかし…」
目を細めて白尾は上を見上げる。
「願わくばまだ、穢れをしらぬ幼子のまま、今は健やかに育ってほしいものよ」
いつだって、強大な力には欲望と権力と陰謀が絡みつくもの。
時代を経て、それが濃くなったのは人間界だけではないのだ。
「…俺達が、守っていけばいいだけの話だ」
心の中を読んだかのような獏の言葉に、白尾は苦笑する。
そうよのう、と呟いた声が思いがけず、頼りなく戦場に転がったのだった。
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