とあまりやっつ
「お父様…愛しい時間だった…。リクオは…、成長したね…」
な、に…?
羽衣狐の口から零れる言葉に動揺した瞬間、依代から本体がはがれ出てきた。
「なっ…、なぜじゃぁああああ!ありえぬ!この依代には完全に乗り移っていたはず!なのになぜ…!あ…頭が割れるように痛い…!」
羽衣狐の悲鳴が響き渡った。
そして記憶は再現される。
依代の子供と、鏖地蔵、…そして晴明。
同時に、殻が完全に割れて、人影が姿を現した。
「せ…せいめい、お前…!お前が後ろで糸を引いておったのか!?答えよ、晴明!」
―パキン
「すまぬ、母上…」
そして完全に姿を現したその姿は、昇る朝日を背に輝いていた。
「獏。結界は?」
羽衣狐と晴明が話している間に、私は獏のもとへ行く。
「一応、弐条城と外界を隔てる結界を張っておいた。しかし、大掛かりな術だからその間俺はここを動けない」
「そう。私のことは大丈夫だから結界に集中してね。頼んだよ」
「分かってる。…!水姫!」
獏に言われて私は視線を弐条城の真下に移す。
そこには
「な、に…これ」
ぐつぐつとこの世のものではない炎で煮えたぎる異質な空間が生まれていた。
「これは地獄の炎。見るでない、水姫。それだけで穢れがうつるぞ」
「白尾さん…」
いつのまにかやってきていた白尾さんの言葉に、答えようとしたとき
「せいめいッ!せェェメェエ!愛じでるウウウウ!」
「は、ごろも狐…!」
「見るな、水姫!」
地獄へ堕ちていく羽衣狐に目を見開く私の視界を白尾さんが大きな手で遮る。
「どういう…こと?」
私の瞼の裏には千年ぶりに会えた息子を慈しむ羽衣狐の姿。
その母を、地獄に堕としたのは…晴明?
勝手に手が震える。
「あなたは私の太陽だった。希望の光…ぬくもり…。あなたに背を向けてこそこの道を歩めるのです。影なる魔道―…。背に光あればこそ、私は真の百鬼夜行の主となりて歩む。ゆくぞ妖ども。私に…ついてこい」
光があるから、闇がある。
いつも私が思ってきたこと。
だけど、まさか自ら光に背を向けて、己で作り出した闇の道を歩もうなどと、誰が考えるだろうか。
否。考えるだけで気が狂いそうになる。
自分の希望の光を。何よりも愛しいものを自らの手で堕とすことなど、普通の神経で成し得るものか。
狂っている。
初めて目にした晴明に、私はそれしか感じなかった。
その間に土蜘蛛が晴明に戦いを挑むが、全く相手にならずに、羽衣狐と同じように地獄へ堕とされていく。
そんな彼のもとへかしづくは、鏖地蔵。
「晴明様。約束通り刀をお持ちしましたよ」
その手には、あの魔王の小槌が。
「随分、キタナイ街になってしまった」
その刀を受け取り、晴明は静かに鋭く刃を宙に振るう。
「我々の棲むべきところにはふさわしく…ない」
「?」
何を、と思った瞬間、獏の体がぶるりと震える。
「くっ…!」
右手の人差し指と中指を立てて作った手刀が崩れそうになり、慌てて左手で力を加える獏。
「獏!?」
その額から尋常でない汗が流れだして私は思わず彼の肩に手をかけた瞬間、突然轟音とともに街の一部が吹っ飛んだ。
「な…!」
あそこには人家が…!
「すまない、水姫…。結界の一部が壊れた」
依然、手刀に力を入れたままの獏の様子から察するに、かなりの破壊力を自分の結界で相殺してくれたのだろう。
「ふん…思ったよりも力が足りんな。…どういうことだ。山ン本五郎左衛門」
「え?」
その言葉に、妖怪達が次々とざわめきだす。
「晴明様…。正確には“山ン本の目玉”でございます。現世では鏖地蔵とお呼びください。“山ン本”は百にわかれてますゆえ…混乱いたしますからな―…。それから、刀には問題ないかと。どこかに邪魔をしている者がいるみたいですな」
きろり、と鏖地蔵の大きな目玉が私達を捉えた。
「あれが原因かと」
鏖地蔵の言葉に、晴明も私達を見る。
「ほう…。あの力を一人で受け止めるとは…。それにどうやら懐かしい顔が見えるな」
晴明の言葉に、白尾さんが目を細める。
「お前は覚えとるみたいだのう、晴明。千年前にお前とよう遊んでやった白尾のことを、な」
「ああ。不思議な奴だったが…千年たっても変わらないその姿かたち…妖だったか」
その言葉に白尾さんが笑う。
「馬鹿を言え、晴明。私が妖だったならばお前が気付かぬはずがなかろう」
「…それもそうだ。では、神か。お前がふらっと酒を持って遊びに来ては囲碁をしたのは懐かしい話だ」
「そうよのう。千年振りの再会を祝して、一杯やりたいところだが…。私にも立場があってな。悪いが、馴染みの顔とて遠慮はせぬぞ」
その言葉に、晴明は肩をすくめる。
「お前のことなど、今はどうでもよい。まずはこの街を変える。その先に、私の望む世界がある…」
そんな晴明の眼下には獏の結界で守りきれずに燃え上がる火の手。
「もえろ〜もえろ〜!ワシの大願がようやく叶ったわい。妖も人もわしらの下僕じゃ〜」
それに便乗して大声で笑う鏖地蔵。
「あいつ…」
今すぐぶん殴りたかったが、今は獏が心配でそばを離れられない。
と思った瞬間、リクオの刃が鏖地蔵を貫いた。
片手には“依代”を抱え、もう片手に刀を持ってリクオは晴明をギンッと睨みつける。
「たたっ斬る!」
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