ふたつ


「いい?春奈。絶対に外でたらだめだからね」

家の前で春奈に言い聞かせるように言ってから私は踵を返す。

「水姫!」

早く二人のもとへ戻ろうとした私を春奈が呼びとめる。

足を止めて春奈を振り返ると、春奈がすごく心配そうな顔で私を見ていた。

「なんだかよくわからないけど…水姫も危ないことしたらダメだよ…?」

全く、この子は…
私の心配までしてくれるってどんだけ良い子なの!?

「大丈夫だよ。おやすみ春奈」

私は安心させるようににこっと笑って、今度こそ本気で走り出した。








「…遅かった…か。やっぱり」

さっきカナちゃんとゆらちゃんが囲まれてたところに戻ってみたが、既に誰もいなかった。

ふと、路地裏の隅の方を見てみると…

(ネズミ…。こいつはただのネズミか、あるいは…)

私が路地裏に入っても全く逃げる気配を見せないネズミ。
あと、わずかだが妖気を感じる。

私は、一匹のネズミに手を出そうとしたが…

「シャー!!」

こいつ…ネズミのくせに威嚇しやがった。
自分に対する苛立ちと相まって私の頭のどこかでぷちんと切れる音がした。

「思い上がるんじゃないよ、鼠風情が。大人しく私に掴まりなさい」

そう言って、私はしゅるりと手の中で水を生み出してそれを網状に広げる。

それで捕獲した一匹のネズミを私の目の前まで持ち上げる。

「さて、あんたからは妖怪の匂いがするんだけど。話せるよね?」

そう聞いても、水の網の中でじたばたと暴れるネズミ。

「くどいよ。この網は暴れるほどあんたにくっついて…しまいには窒息死させるよ」

脅すようにそう言えば、開き直ったようにそのネズミはこっちを見た。

「誰だ、お前は!」

「やっぱり喋れるんじゃない。最初から大人しく正体見せればよかったのよ」

呆れたようにそう言えば、怒ったように体を大きく変化させるネズミ。

「俺の質問に答えろ!お前妖怪か!?」

―ピクッ

「質問に…答えろ?あんた如きが私にそんな口聞いていいとでも思ってるのかしら?」

ちょっと霊力を放出させてネズミに向けると、ネズミは苦しがるように喉をかきむしる。

それはそうだろう。強すぎる霊力なんて妖怪にとったら殺気の塊だ。

「ひ、ヒィイイ!」

悲鳴を上げるネズミを睨む。

「自分の立場が分かったら私の質問に答えなさい。家長カナと花開院ゆらをどうしたの」

「あ、あいつら…は…奴良組の三代目をおびき出す人質としておれら旧鼠組が…」

あぁ、そういえばそういう話だった…と思う。うん。

それで…

それで…

「まさか…あの二人に危害を加えたんじゃないでしょうね…?」

「ひぃいい!!」

話の展開を思い出した私は思わず霊力をネズミに向けて放っていた。

「あ、の…星矢さん…が…」

くっそ。そうだ。
二人とも殴られて拉致られた後ってわけか。

「…で。目的は奴良組の三代目。二人は夜明けごろにあんたらの餌食になる…と」

どうするのが一番いいか。

確かあの二人は襲われる前にリクオが変化して助けにくるはずだけど…

「いい?あんたはこのまま星矢とやらのところに行って伝えなさい。二人にもしものことがあったらお前の命は保証しないって」

殺気を込めて言うと、網の中のネズミは必死にコクコクと頷いたのだった。






ネズミを放した後、私は路地裏でカバンから衣面を取り出す。

このまま私は夜明けまで二人の安全を見守るしかないけど、何かあったら助けるつもりだし…
奴良組と鉢合わせしないって確証もない。

誰だか分からないように面をつけておいた方がいいだろうな。

そう思って面を顔につけると、面は吸いつくようにぴったりと顔にはまった。

それだけではない。

ふわりと頭に何かが被せられたような気がして路地裏の窓に映った自分の姿を確認する。

「…なるほど。さすが神器。文字通り衣面ってわけね」

窓に映った自分は、薄い水色の花流水紋が入った羽織を頭から被っていて誰だか全く分からないようになっていた。

「確かに誰だか分かんないけど…この姿って母様の時代ならともかく、今って物凄く目立つんじゃない…?」

私の呟きは誰にも聞かれることなく路地裏に吸い込まれていったのだった。








あるホストクラブの屋根裏で一人の女性が目を覚ました。

「ここ…どこー?星矢くーん…」

目覚めたばかりで頭が回っていないのだろう。

女性は忍び寄る影に気づかない。

「こわい…まるで屋根裏…。あっ、星矢くん…」

気付いた時には既に彼女はネズミに囲まれていた。


「イヤアァァァァ!!」

暗い屋根裏に肉を食む音が鈍く響く。

「くくく…今夜は前祝いだ!!旧鼠組の…夜明け前の日だ!朝まで…しゃぶらせてもうぜぇー!」

貪るネズミ達の頭…星矢がそう言った時だった。

「星矢さん…」

「あ?なんだ?」

一匹のネズミが星矢を呼ぶ。

「それが…あの三代目のガキの人質を襲った場所に妙な女がきまして…もしあの人質に何かあったら命の保証はしないと…」

ネズミの報告に星矢はあぁ?と顔をゆがめる。

「バカか、お前は。たかが女一匹で何ができる。くだらない報告はすんじゃねェよ」

「しかし、その女尋常じゃない霊力で…」


「旧鼠よ…首尾よくいってるのだな」

ネズミの言葉は屋根裏に上がってきた人物によって遮られた。

それによって、その忠告がどんなに重要なものか星矢に伝わることはなかったのだった。




[ 13/193 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -