とあまりみっつ


「さて。うぬらの誤解が解けてめでたし…といきたいんじゃが」

白尾さんがどこか遠くを見る動作をする。

すぐに遠見を使っているのだと気付いて、私も白尾さんが見ている方を見ようとした、その時。

―ゴォオッ!

凄まじい衝撃と禍々しい妖気。

「ま、さか…」

私が白尾さんから教わった“遠見”は幾つかある。
その中でも、鷹の目のように対象だけに的を絞って遠くのものを見る力で、私は“それ”を見た。

禍々しくそびえたっていた弐条城の天守閣が崩れ、巨大な黒い塊と、その上にいる羽衣狐。

出産まで姿を見せないと思っていた彼女が、敵の前に出てきた理由。

それは一つしかない。

「白尾さーん。私、出産を止めたいって言ったら協力してくれるっていったよねー?あんた達が暴れてる間に手遅れになっちゃったみたいじゃないですかー?」

信じられずに顔を引きつらせながら白尾さんに言うと、彼は目を細める。

「ふむ。まさかこんなに早いとはな。私の予想では…。まぁ、ふてくされるでない、水姫よ。あれはまだ間に合う」

「…その言葉、信じるからね」

そう言って私は宙に手をかざす。

「―開門」


―ドンッ


大きくそびえたつ鳥居を驚いて見上げる獏に、ちょっと誇らしげに笑ってから、私達は鳥居をくぐったのだった。







「おい。…白尾、といったか」

「お?なんじゃ、坊主?」

神渡りのほんの僅かの間に、獏と白尾さんが会話しているのが聞こえた。

「…坊主というのはやめてもらいたい。これでも俺は千年生きている」

「にゃはは。ならば、まだまだのひよっこではないか。坊主どころか稚児と言った方が良かったか?」

あーあ。また、そんなことを。

どうやら白尾さんは人をからかうのが好きらしい。

思った通り、白尾さんの言葉にいつも冷静な獏がイラついてるのを感じて、私はちょっとだけ振り向いて獏に言う。

「獏ー。白尾さんは二千年以上の長生き猫さんなんだって。その上、今は剥奪されてるけど四百年前まで神様だったから言い合いで勝てるとは思えないよー」

「な、…は!?」

「あと、白尾さんもそんなに獏をからかわないでください。獏が稚児なら主であるはずの私はどうなるんですか」

「にゃはは、悪い悪い。なにぶん、からかい甲斐のある可愛い奴で、ついな。悪く思うでないぞ」

そう言って、白尾さんが獏の頭を撫で繰り回している。

その態度に、私ははっと気づく。

今は男の姿してるけど…実は白尾さんって、メス…。

まさか…獏が好みだったとか。


若干、いろんな意味で不安を感じながらも私達は弐条城に到着したのだった。







「あれが、我らの望むものだ……!!奴良リクオ…」

リクオとの闘いには敗れたものの、必要な“時間”は守れた。

膝をつきながら鬼童丸は言う。

(間に合わなかった…!?)

リクオ達が呆然としながら真上の羽衣狐とそれに付随する黒い塊を見上げる。

そして、羽衣狐が動いた。


「妾は―…この時を千年…―待ったのだ」


大きく手を広げ、眼下のすべての者に説くように。
それでいて、誰も眼中にないかのように。

「妖と人の上に立つ…鵺と呼ばれる新しき魑魅魍魎の主が…今ここで生まれる。皆の者…この良き日によくぞ妾の下へ集まった」

その様はまるで妖しくも気高く、頂点に君臨する女王のように。

その場のすべての者がその言葉に呑みこまれる。


「京都中から…―そしてはるばる“江戸”や“遠野”から妾を祝福しに、全ての妖どもよ…“大儀”であった」

その言葉に、リクオ達は呆気にとられ、京都の妖は大きく歓声を上げる。


「な…なんだあの女…?おかしいのか?俺達が客だとぉ?」

思いもよらなかった言葉に、淡島が思わず呟いたとき

「おかしくはないよ。彼女は本気で“そう”思ってるんだ」

―ドンッ

突如、何もない空間に大きな鳥居が現れた。

それこそ弐条城よりも高くそびえたつそれに、場の雰囲気を支配していた羽衣狐やそのほかの妖怪の意識が向けられる。

歓声が静まり、何事かと見守る鳥居の中から現れたのは、一人の少女とそれを守るかのように両脇に立つ二人の男。

中央のまだ幼さの残る少女が羽衣狐を見上げた。

「こんにちは、羽衣狐。…いや、葛の葉姫」


その言葉に、羽衣狐が眉をひそめる。

「そなたか。今頃、おぬしらも祝いに来たのか?…しかし、何故妾をその名で呼ぶ」

それに答えたのは少女の右脇に立つ男。

白い猫毛をふわりとなびかせて男はにこりと笑う。

「葛の葉姫よ。千年ぶり…いや、四百年ぶり、だったか。この姿、覚えとらんか?」

男の言葉に、羽衣狐は一層眉をひそめる。

「はて。誰だったか。…まぁ、良い。そなたが誰であろうとこの大事の前には些事なこと」

「…そうか。それは残念じゃ。葛の葉姫よ。おぬしは変わったな。姿かたちだけでない。もとは天狐に近しかった身が黒く歪んでおる。…もはや、手遅れか」

白髪の男の少しさみしそうな顔を、羽衣狐は鼻で笑う。

「何を言うか。すべてはここから始まるのだ。…のう。晴明」

その瞬間

「母上…」

黒い塊にぼこりと顔が浮かび上がり、続いて両手両足がずるりと出て、大きな赤ん坊の姿になった。

「う…うそ…」

「なに…これ…」

全員が呆然とそれを見上げる中、羽衣狐は遠い千年の記憶に想いを馳せていたのだった。




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