とあまりふたつ



「にゃは…!にゃははは!」

獏が白尾さんに飛びかかろうとしたとき。

突然、腹を抱えて白尾さんが笑い出した。

あまりに突然のことに、私はおろか、獏まで動きを止めた。

「にゃはっ!おい、水姫」

笑いすぎて涙まで流しながら、白尾さんが私に言う。

「こやつ、面白い勘違いをしとるぞ。どうやら、私が新しき神使になって自分がお払い箱にでもなると思うとるみたいじゃ」

「え?」

意味が分からず、きょとんとすると、獏も別の意味で目をぱちくりとさせている。

「誤解を解こうか。というか、紹介をやり直そう。お前に続く、水姫の“二人目”の神使じゃ。今後、共に頑張ろうぞ」

「なっ…!」

獣姿だった獏がしゅるりと人型に戻る。

若干、その顔が赤い気もする。

「名のある神には神使が二人以上いることなどよくあるだろう?それとも、自分の主に見放されたと思うて焦っておったのか?」

「…っ、」

図星だったのか、獏が顔をふいっと逸らす。

じゃあ…獏は私の神使をやめさせられるのかと思ってあんなに怒っていたってこと?

「はは。無理もあるまいて。長らく放置されたうえ、突然新しい神使が自分の主のそばにいれば戸惑うのが普通じゃ。…それで。陰気を放出して、気は晴れたか?」

突然の問いに、獏が眉をひそめてからはっと白尾さんを見る。

それをまたくつくつと笑いながら白尾さんが肩をすくめる。

「何やら、大きな術を用いてきたみたいじゃのう。力が削られておる。その上、放置されたことで陰の気が強うなっておったが。私が陽の神気を一発叩き込んでやったのが効いたか」

あ、あの猫パンチはそういう意味があったんですか…!
私は白尾さんの言葉に呆気にとられるばかり。

獏は自分の手のひらを見つめながらぽつりと呟く。

「…すまなかった。どうかしていた…」

そう言って獏が溜息をついて私に近づいてくる。

「あ、あの、獏…!」

どう声をかけたらいいのか分からなかったけど、彼を不安にさせたのは私だ。謝らなければ、と口を開きかけた私に獏は小さく首を振ってぼそりと呟く。

「手を出せ」

言われて、おずおずと手を出す。

すると、獏はやっぱり鋭い針を取り出したもんだから私は慌てて手を引っ込める。

「や、やっぱり攻撃しようとしてくる!ごめんって!私が悪かったから!」

そう言うと、獏が顔をしかめる。

「主に攻撃などするわけがないだろう。神気は大丈夫だが、体の龍脈が滞ってる。闘いで体がぼろぼろなのだろう。痛くないから手を出して見ろ」

「ほ、ほんとに…?」

恐る恐る手をさしだすと、獏は手首の真ん中にぷすりと針を刺した。

「ほんとに痛くない…」

刺さっているのに痛くなくて私は首を傾げる。

「痛点を外してるからな。…これでいいだろう」

そう言って獏が針を抜いて、私は驚く。

「あ、れ?なんか、すごく体が楽になった…」

まるで、今まで背中に重しを背負っていたのが取れたように軽々と体が動く。

「龍が人型になったときに無理に力を圧縮するから澱みが生じる。だが、定期的に体の龍脈を刺激してやれば、そこから澱みが刺激されて龍本来のときと同じ動きができるだろう。少しなら問題はないが、水姫のは一目見ただけでだいぶ龍脈が澱んでいるように見えたからな」

「じゃ、あ…治療しようとしてくれていたってこと?」

聞くと、少し顔をしかめながらも頷いてくれる獏。

なんだか、いろいろと誤解がほつれた糸のように絡まっていたみたいだ。

私は嬉しくなって、獏のくせ毛に手を伸ばす。

「ごめんね、獏。ありがとう。…それから、これからもよろしくね」


後ろで白尾さんが相変わらず笑っているのが見えた





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