とお
私の独り言を聞いていた白尾さんも横で眉をしかめているあたり、だいたい自分の知らない千年前に何があったのか分かったのだろう。
「白尾さん、反魂の術を晴明は…」
私の言葉に、白尾さんは頷く。
「ふむ。どうやらそのようだな。しかし、水姫。それが分かったとてどうするつもりだ?」
私を見る白尾さんの目は特に驚いた様子もなく、ただ、ただ普通のそれだった。
「私は…止めたいです。死者を蘇らす術など、成功しては神の領分を犯します」
私情を抑えて、なお神の立場から言ったつもりのこの言葉に、白尾さんは首を振る。
「水姫、お前は幾つか勘違いをしている。…なにやら、“八百万神”について先入観を持っているようだが…」
先入観?
私は首を傾げて続きを促す。
「我ら日ノ本の神はあらゆるところに宿っている。だからこそ数えきれないという意味の八百万。猫が神になることもあれば、神が妖になることもある。…何が言いたいか分かるか?」
少し考えてから、私は首を振る。
分からない。
白尾さんの言っていることは知ってるし、分かってるけども…何が先入観なのだろうか。
「絶対的な“悪”という概念を我らは持ち合わせておらぬのよ。悪神というものは外津国から仏教や儒教とともに後から現れたもの。だからこそ、禁じているとはいえ、反魂の術も“悪”とはいいきれん」
「!…しかし!」
「…太古、日ノ本の国産みをした伊弉諾は死んだ妻を追って黄泉の国へと降りた。これが神の行った初めての反魂。他にも、布瑠の言(フルノコト)という術もある。十種神宝を振り動かし、『ひと ふた み よ いつ む なな や ここの たり、ふるべ ゆらゆらと ふるべ』と唱える死者蘇生の術よ。つまりじゃ。古来からの神々は必ずしも反魂の術自体は悪と見なしておらぬ」
その言葉に、私は声を荒げる。
「ならば!ならば、なぜ熊野大神様は私に羽衣狐を止めるよう言われたのですか!なぜ月詠様は私に白尾さんを寄越したのですか!全てはこの反魂の術を止めるためではなかったのですか!」
その言葉に、白尾さんはくつくつと笑う。
「水姫。お前、神として産まれたが。その強大な力以外に人と変わっていると思ったことはあるか?お前が守りたいと思っている妖達と考えが異なると思ったことはあるか?」
私は、突然何を言い出したのか分からずに眉をしかめたまま黙り込む。
しかし、それではいつまでたっても会話が進まないのでふうっとため息をつき、首を振った。
「ありません。人の学校に通えば人と笑い、妖と共に戦えば、仲間の死に心を痛めます。…しかし、それは私が変わり者だと…」
そう、言われた。
瀬織津姫命にも、神使からも。
しかし、それに白尾さんは首を振る。
「神だけが特別な考え方をしていると思うたか?天の上では神同士の派閥があるし、誰かを愛し、憎み、そして守りたいと思う。…お前、母から言われなかったか?」
「?」
「『好きに生きよ』と」
「…!」
貴船を初めて後にするときの母の言葉。
「くく、やはりな。神の中でも高淤加美の奴は誰よりも分かっている。要するに、神が動くのは善のためでも悪のためでもない。己の信念よ。何を守り、何をしたいのか。もう一度問うぞ、水姫よ」
今度の白尾さんの瞳はひどく柔らかい光を灯していた。
「これから、どうするつもりだ?」
ああ、肩にかかっていた重みが外れるような感じがした。
しなければならない、と。
羽衣狐の暴走を止めることが夜を任された私の役目だと思っていた。
私は…
「私は、羽衣狐と晴明の望む闇の世界は気に入りません。朝には日が昇り、夜には月が昇る、そんな世界が好きだから。それに、私は人と妖の共存を試みる彼の行く末を見守りたい。そんな日がくればいいと私も思っているから。…だから、私は羽衣狐の出産を止めたいの。ついてきてくれる?」
にっこりと笑えば、白尾さんもふわりと笑う。
「主がそれを望むなら」
「ありがとう。白尾さん」
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