やっつ


一瞬のことだった。

雪女や鴆、遠野衆が息をするのも忘れるほどその“鬼纏”は美しかった。

夜護淤加美神とリクオの鬼纏は、リクオがもう片方の畏れを背負うのではなく、淡く光る神の畏れがリクオを包み、そしてそれが刀に流れ込んだように見えた。

薄青く淡い光に包まれたリクオの持つ刀は三又の鉾となり、土蜘蛛に向けられる。

「しめぇだ。土蜘蛛」

リクオはそう言うと、おおきく跳躍し、土蜘蛛の張り手を交わしてその胸に鉾を突き刺した。


『鬼纏― 薄花桜の天つ鉾』


その直後、鉾は崩れ、リクオから淡い光が離れて人の姿を象り、リクオとともに落下する。

どさり、と地面に転がった二人の目の前には張り手の恰好のまま、動かない土蜘蛛。

そして、次の瞬間、突き刺された胸から大量の畏れが吹き出し、一言も言葉を発することなく土蜘蛛は膝をついた。

吹き出した黒々とした畏れは浄化されるように澄んだ水になって空から降り注いだのだった。


「…やったのか?」

膝をつくリクオの横で、夜護淤加美神が小さく笑った。

「強くなったね、リクオ」






私の言葉に、リクオが私を見上げてにっと笑う。

「約束、したしな。強くなるって」

「ふふ、そうだったね」

ぱきぱき、と衣面が音をたてるのを聞きながら私はリクオを見つめる。

「やっと、見つけたんだ」

玉章にひびを入れられてから、だんだん大きくなっていたひび。衣面は前回の土蜘蛛戦ですでに限界を迎えていた。

「もう、逃がさねぇぜ」

―パキィィンッ

長い間、神器としてその形を保っていた衣面が粉々に割れた。

「なぁ、水姫」





面も衣も消え去り、あらわになった“本当の私”に、つららちゃんが気づく前に首無たちが慌てて駆けつけてきた。

「リクオ様!!」

土蜘蛛の畏れが浄化されて、澄んだ雨のように降り注ぐ中、首無たちは呆然と膝をつく土蜘蛛を見る。

「リクオ様が…倒されたのですか?」

リクオは答えなかったが、その背中に入った共に“闘った証”が何よりも雄弁に語っていた。

「申し訳ございません!側近として力になれず、会わせる顔がございま…」

言いかけた首無を、リクオが片手で遮る。

「オレの力が足りなかったばかりにお前たちには苦労をかけたな。首無、河童、黒田坊、毛倡妓。これからも…よろしく頼む」

「リクオ様…」

まただ。

また、リクオがとてもまぶしく映る。


「やるのう、あ奴。まだまだ成長しおるな。先が楽しみじゃ」

「白尾さん」

いつの間にか後ろにいた白尾さんに驚いて、声を上げると初めて周りの妖怪達がはっと私に気付く。

「あ、ああ、貴女は…!高尾水姫!?」

「あれ?若のご友人だ」

「あらま、ほんと。どういうこと?」

次々と驚く顔が私に向けられて、私は苦笑して改めて自己紹介する。

「改めまして。私は高淤加美神の娘、夜護淤加美神…水姫と言います。どうぞよろしくお願いします」

ぽかんとした皆の顔がなんだかとても愉快だった。




―ガラガラッ

そんな空気の中、大きな音をたてて土蜘蛛が動いた。

「ヒッ!」

「リクオ様、土蜘蛛が…!」

妖怪達が慌てふためくなか、土蜘蛛がゆっくりと口を開く。

「膝をつかされたのは…“鵺”と闘って以来千年振りだぁ」

その言葉に、リクオがぴくりと眉をひそめる。

「“鵺”…その妖が京の奴らの言ってる“宿願”ってやつか」

「そうだ。ワシァ、その“鵺”とまた闘りたくて闘りたくてしょーがねぇのよ…。ただ、“鵺”ってのは得体の知れねぇもののふたつ名でな…。ヤツは人としてはこう呼ばれた…」

土蜘蛛の言葉に、私は羽衣狐との会話を思い出していた。

ただ、我が子との再会を叶えたいと千年もの間転生を繰り返した母としての羽衣狐。

私に、止めることができるのだろうか。

否、その想い自体は咎められるものではない。

だが、してはいけないのだ。

永遠の命。
死者を蘇らすこと。

妖怪の領分も人間の領分も超えた禁忌。

産ませてはならない。

あいつを。


「千年前の京の闇を支配した男。安部晴明」




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