ひとつ



「水姫!今週の日曜あいてる?」

休み時間、自分の席で本を読んでる私のところに春奈がうきうきした感じで聞いてくる。

「日曜…?」

転校してきて初めての日曜…。

何かあったような…。

思い出せない…からいっか。

「うん。大丈夫だけどどうしたの?」

そう言うと、春奈は効果音がつくぐらいにパァっと顔を明るくさせた。

「うん!あのね、浮世絵町東口にね、オープンしたばかりのケーキ屋さんがあってね!今週の日曜までケーキバイキングやってるの!一緒に行かない?」

と、友達とケーキバイキング…!?
うわぁ!物凄く懐かしい!そして嬉しい!

私は春奈の手をがしっと両手でつかむ。

「もちろんだよ、春奈!一緒にケーキを食べまくろう!目指すはケーキ全種類制覇!!」

「おう!制覇頑張る!」

両手を握りあったまま、春奈と私はケーキ全種類制覇を心に誓ったのだった。







そして待ちに待った日曜。

春奈と待ち合わせをしている浮世絵町東口。

(少し早かったかな…)

腕時計を見てみると、針は約束の時間の15分前を指していた。

(ま、いっか。春奈を待たせるより全然ましだもんね)

私、紳士だから!
性別女でも、可愛い子は守るって決めた紳士だから!


それにしても…

(なんだか、やけにここは鼠が多いな…)

少し路地裏に目をやればカサカサと動き回っている大量の影が見える。

ネズミ…か。
何かひっかかるんだけど…

何か思い出せそうだったその時


「水姫!お待たせ!」

「!!」

うおぅ!なんて可愛いんだこの子は!
ふんわりとした雰囲気に良く似合うワンピースを来て待ち合わせ場所に現れた春奈に、頭の片隅にひっかかっていた何かのことはあっという間に忘れ去ってしまった。

「春奈、かわいいね」

「何言ってんの!水姫の方がずぅっと可愛いんだから!」


まるで、ラブラブなバカップルみたいな言いあいをしながら私達はケーキ屋さんへ向かったのだった。




「そうだ!あのね、さっひこっひふるとひゅうでひよつふふんとかひたんらけど…」

「春奈、あなたは口にあるものきちんと飲みこんでから話しなさい」

呆れて言うと、春奈はこくんっと頷いて一生懸命口を動かす。

その様が小動物のようでものすごく微笑ましくて、春奈にばれないよう私は笑みを浮かべたのだった。



「あのね!さっきこっち来る途中で清継くん達を見たんだぁ」

その言葉に私はぴくりと反応する。

「清継くんってうちのクラスのあの目立つ男の子だよね」


「そうそう!それだけじゃなくてね、隣のクラスの家長さんとか、ゆらちゃんまでいたんだよ!どうしたんだろうねぇ」

カナちゃんとゆらちゃんまで…。
あの清十字怪奇探偵団の活動だろうか。
まぁ、活動自体は毎日してるんだろうし、今日何かが起こると決まったわけでもないか…。

「どしたの?水姫?」

黙ってしまった私の顔を不思議そうに春奈が覗きこんでいて、私はあいまいに首をふる。

「いや…。どこにいくとかは聞かなかったの?」

「うーん。なんか、妖怪クイズ?とかいうの真剣にやってたから声はかけなかったんだ。気になるの?」

「ちょっと…ね。まぁ、今は春奈と一緒にケーキ食べることの方が優先だけどね」

気にしないで、と言うと春奈は不思議そうな顔をしてたが、やがてまた興味はケーキへと移っていったのだった。





「ふわぁ、いっぱい食べたね!」

隣でお腹をさする春奈に私は苦笑する。

「春奈は食べ過ぎ。3時くらいに食べ始めて今6時だよ?」

結局バイキングの時間を延長してまで食べ続けた春奈の食欲に呆れながら言うが、春奈は気にした様子もなく笑う。

「いいのいいの!しっかりモトは取れたんだから!」

そんな春奈を見て、私も仕方ないんだから、と笑う。

そろそろ暗くなり始めた街を二人で歩く。

「それにしても、ここらへんって夜になるとだいぶ印象が変わるね」

私が周りを見渡しながら言うと、春奈はそうだねぇ、と頷く。

「最近、ここら辺は物騒だから長居は良くないかもね。…あ、水姫」

呼ばれて春奈の指さす方を見る…と、そこには

「家長さんと…ゆらちゃん」

「こんな時間に何してるんだろ…って私達も人のこといえないか」


けらけらと笑う春奈の言葉も私には耳に入らなかった。


(あれは…)

見間違いでなければ、彼女達は今ホストのような格好をした奴等に囲まれている。


私はギリッと唇を噛んだ。


いろいろと兆候はあったのに。
全て見逃していた。
見守りたい、って思っていたのに。

「どうしたの、水姫?顔が怖いよ?」

言われてハッとする。

そうだ。この場にいるのは自分だけでない。
春奈もいるのだ。
大切な友人、彼女を危険な目にあわすわけにはいかない…!


僅かな葛藤の後、私は春奈の手を掴む。

「春奈。ここは危ない。私が家まで送るから今晩は家から出ないようにね」


突然の言葉に春奈は戸惑ったようだが、私の真剣な表情を見てこくりと頷いてくれたのだった。




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