ななつ


「か、み…」

知ってるよ。

私は人間でも妖怪でもない。

でも。

でも、人だろうと妖怪だろうと神だろうと、同じこの世界における一つの存在。

人に支えられ、妖怪の絆に助けられ、だから私も彼らの力になりたいと思った。

そこに、神であることが特別だなんて想いなんて一つもありはしないのだから。

それに

「あいつはさ、私に隣にいて欲しいと言ったんだ。そんな奴がそれしきのことに臆する奴だと思う?白尾さん」

私の言葉に、目を丸くさせた白尾さんに私はくすりと笑う。

眼下では、遠野衆も合流して、リクオがイタクと見事な鬼纏を魅せた。

「半端な覚悟じゃないんだ。あいつの、皆を守りたいって気持ちは、さ。神の一人や二人、背負ってくれると思ってるよ。そして、私もあいつの力になれるなら何かやりたいんだよ。これがどんな思いなのかはまだ分からないけどさ。みんなが笑って楽しく生きれる世界を、一緒に守っていきたいんだ」

ぽかんとしている白尾さんに肩をすくめて笑って見せてから、彼の手をすりぬけて私は地上に降り立った。





「リクオ」

私の言葉に、リクオが振り向いた。

イタクとの鬼纏で裂かれた土蜘蛛だったが、少し傷が浅かったのか、再びぬらりと立つ。

「来たよ。共に戦うために」

私の白い面を寸の間見つめたリクオが不敵に笑う。

「待たせたな」

その言葉が、じんわりと心に沁みた。

「なに。ほんの少し、暇をもらったようなもの。やれるか?」

あえて主語を言わなかったその言葉に、リクオはしっかりと頷いてからぐっと私の肩を掴んでその胸に抱き寄せた。

驚く私を無視して、リクオは耳元で言葉を紡ぐ。

「本当は、オレはあんたを鬼纏いたくねぇ」

「リクオ…?」

「オレを傍で見守ってくれるだけで良い。もう危険な目に遭わせたくねぇんだ。…でも」

見上げた私の双眸をしっかりと見つめてリクオがにっと笑う。

「守られてるだけの玉じゃあねえもんな。…オレに、すべてを預けてくれるか?」

その言葉に、私は思わず口端が上がるのを抑えきれずに答える。

「そのつもりで来たんだよ」






「おい。次はそいつとの技をみせてくれんのか?そいつを待ってたんだよ。来いよ、早く来い。オレは避けねえぞ?」

顔面を浅く切られて血を流しながらも土蜘蛛は狂ったように笑う。

「言われなくても…と言いてぇとこだが…」

リクオがふと首を傾げる。

「神様ってぇのと鬼纏ってのは…できるのか?」

その言葉に、私は笑う。

「大丈夫。さっきみたいにリクオは私を“欲して”くれればいい。あとは私が上手くやるよ」

イタクを望んだように。

私の力を欲して、私に背中を預けろ。


私の言葉に、リクオはふっと笑う。

「敵わねぇな、あんたには。…いくぜ」

ギンッとリクオが畏れを発動させた。






ひらり、と桜の花びらが舞い落ちた。

まったく、季節でもないってのに優雅に舞うもんだ。

真っ暗闇の中、一本だけ光る桜の木へふわりと降り立ち、私は言葉を発する。

「こんにちは。リクオくん」

白い羽織を翻らせて、人間姿のリクオくんが私の方に振り返る。

「来てくれたんだね、夜神さん」

ふわりと笑う彼の髪の毛についた花びらを取ってやりながら私は頷く。

「守るって決めたから。人間の君も、妖怪の君も」

「あはは。女の子に守られてちゃ、ボクもまだまだダメだな」

頭を掻くリクオくんが少し苦笑する。

「いつもさ、キミは守ってくれてたんだよね。ボクのことも、ボクが守りたいものも」

その言葉に、私もくすくすと笑う。

「最初は、見守ってるだけでいいと思ってたんだけどね。でも、リクオくんも、リクオくんが守りたいと思っているもの全て、好きになっちゃったから。私も、守ってみたくなったんだ」

人も、妖怪も。

人情味あふれるこの世界が、私は大好きだから。

「そっか。ボクも、守りたいものを守ってみせたいんだけど、なかなか難しいね」

人間の彼だからこその、本音。

少し困ったように笑うリクオくんを横目に私は立派な枝垂れ桜を見上げる。

「…あのさ」

同じように桜を見上げるリクオくんが口を開く。

「人間のときのボクのことを“リクオくん”って呼ぶのって、癖?」

「え?」

突然の言葉に、私は驚いてリクオくんを見る。

「“守る”って言葉も、ボクを君付けで呼ぶ癖も、いつも暖かく見守ってくれてる視線も。気付かないでいた方が楽だったのかもしれないけど。でも、ボクはキミと正面から向き合いたいから。面を取ってくれないかな、…水姫さん」

「…」


ああ、

見つかった。

私は一度ゆっくり目を閉じてから、衣面を静かに取った。


ふわりと、風が頬を撫でた。




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