むっつ


土蜘蛛と向かい合うリクオ。

そんな彼を白尾さんと私は上の梁に隠れて見ていた。

「って、あれ?なんで?私も土蜘蛛と戦いたいんだけど」

訂正。

白尾さんに勝手に隠れさせられた。

「うん?水姫はわかっとらんのう」

不満を言えば、白尾さんは呆れたように笑う。

まぁ、白尾さんのほうが神様としての経験が長いから、何か考えがあるのかもしれない。

そう思って白尾さんを見上げると、白尾さんはにやりと笑った。

「ぬらりひょんの孫がピンチになったときに現れるのが“ひーろー”じゃろう?いや、女だと“ヒロイン”と言うのだったか?それまで、あやつが修行で何を得たのかここで高みの見物をしようぞ」

訂正。

白尾さんは何も神様らしい考えがあって行動しているわけではなかった。

猫なだけあって、気まぐれなんだろう。

獏もネコ科だけど、どうしてこうも違うんだろう。

…。

「……ああ!忘れてた!」

「ん?どうした?」

「あー…。あの」

私は白尾さんをちらりと見る。

うわぁ。流れで白尾さん神使にしちゃったけど…獏と絶対合いそうにない…

というか、獏のことを忘れてたよ。

今頃何やってんのかしら。

皆を守ってって言っといたけど、合流場所とか全然決めてなかったし、今彼らがどこにいるかもわかんない。

…ま、いっか。獏だし。

きっとうまくやってくれてるだろう。

問題は白尾さんと会わせる時だよなぁ…

そんなことを悶々と考えていたら、白尾さんが声を上げて下を覗き込む。

「おい、水姫。面白いものが見れるぞ」

「面白いもの?」

その言葉に私も下を見る。

そして





「退きません!目の前にリクオ様がいるのに!また守れない…!もうあんな思いは、したく…ないんです!!」

つららちゃんの言葉に、私の胸がずきんと痛んだ。

同じだ。

「だからお願いします…。私も、闘います!」

私も同じことを思った。

もう守りたい人を守れないようなことにならないよう、強くなりたいと、思った。

そんなつららちゃんの肩をリクオがガッと掴む。

「お願い!リクオ様!」

それを拒否と受け取ったつららちゃんが叫ぶが、リクオはそれを無視して言葉を発する。

「つらら…、お前はもう守らなくていい。…けど、そのかわり…お前の“思い”と“力”オレにかしてくれねぇか。百鬼夜行の主は…お前たちの“思い”を背負って強くなってゆく。オレが…これからそうなっていってみせる!」

「リ…リクオ…様…。わ、わかりました…。でも…私はどうしたら…?」

戸惑うつららちゃんに、リクオはにっと笑った。

「だから…お前のその“心も体も”、オレに全部あずけろ!!」





「ほほほ。よう言いよる。あやつ、ぬらりひょんに似て、女を口説くのが上手そうだのう…。ん?どうした。水姫」

思わず梁の上から落ちそうになった私を見て、白尾さんが言う。

「し、白尾、さん…、あの、ぬらりひょんって…女をよく口説いてたんですか?」

慌てて体勢を戻しながら、さりげないように聞くと、白尾さんは笑う。

「そりゃもう、あやつは天然のたらしじゃからのう。いや、確信犯なときもようあったわ」

「…!」

ぬらりひょんが、たらし…!

ってことは、その孫も…たらし…?

「私に言ったあの言葉が嘘だったら、リクオを消滅させてやる…!」

「?なんのことじゃ?」

思わず、口に出てしまった言葉を白尾さんに拾われて慌てて私はなんでもないと首を振る。

いや、でも…異物であるはずの私がこんなことを思ってもいいんだろうか。

つららちゃんに嫉妬…、なんて。

って!嫉妬ってなんだそれは!
私はリクオを大切な人と思ってはいるけど!

それじゃまるで恋してるみたいじゃないか!

そうだ!夜のリクオはたらしなんだ!

だから私に言ったあの言葉とかもきっとそういうノリだったんだよな!

だって、顔さえしらない私なんかを…


ってもう!
今はそんなことを考えてる場合じゃない!

眼下では、リクオが修行で得た技を魅せていた。

つららちゃんの畏れを纏って、自分の力へと変える技…

土蜘蛛へと届く刃に変えた技…。あれは…?



「ほう。“鬼纏”か」

「鬼纏…?」

白尾さんの言葉に、私は首を傾げる。

「うむ。あやつの父がそのような技を使っておった。ぬらりひょんの子…鯉伴のことは天界でもたびたび噂になっておってな」

「へぇ…」

よく目を凝らせば、リクオの背についた雪の紋様。

“共に闘った証”

「ねぇ…、白尾さん。その技って…私も鬼纏えるの?」

「は?」

白尾さんが驚いたように目を見開いて私を見て、固まる。

幾ばくかの沈黙ののち、白尾さんが腹を抱えて笑い出した。

「あはっはっは!何を言いよる、水姫!ほんに高淤加美の娘だけあって面白いことを言う!私も変わり者だと言われたが…いや、これはほんに予想外!」

あまりにも笑われるので、私は少し眉をひそめて白尾さんの肘でつつく。

「私は真剣に聞いてるの。ねぇ、どうなのかしら」

「あはは…!ああ、んー。不可能ではないかもしれんなぁ」

目に溜まった涙を拭いながら白尾さんはそう言う。

「だが、水姫。お前、あやつの背中に“証”をつける覚悟があるのか?」

「え?どういう、意味…」

「その“証”はただの“闘った証”ではない。神と人と妖のバランスを崩しかねない存在という“証”をあやつに背負わせることになるのだぞ」

「え…」

どういうことか上手く把握できない私に、白尾さんは珍しく真剣な顔で言う。

「神を背負うということはそういうことだ。あまり、己の価値を低く見るな。お前は“神”なのだから」




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