いつつ


薄暗い相剋寺の社殿のなか。

梁から縄で吊るされた雪女は意識を失っている。

そんな彼女の頬を涙が一筋伝う。

「リクオ様、ごめんなさい…守れなくて」

意識を失っても、それでもなおリクオを想う彼女のそんな呟きを誰が聞き取っただろうか。

雪女のまわりにいるのは虫のような知性をもたない魑魅魍魎。

彼らの目には吊るされた雪女はただの餌としてしか映らない。

そして、このままだと手が届かない虫妖怪は雪女を吊るしている縄を、その鋸のような鋭い歯がついた鋏で掻ききった。

ぶちり、と音をたてて縄を切られた雪女は重力のままに落下していく。

吊るされていた高さからの落下では相当な衝撃を彼女を襲うだろう。

その瞬間

―バンッ

突如、見上げるほどの鳥居が現れたかと思ったら、中から素早く人影が現れて落下途中の雪女をふわりとその腕に抱く。

「つららちゃん、しっかり」

「…んっ?…あ、あなたは…」

腕に抱いた雪女の頬を優しく叩いて起こす彼女の後ろからのんびりとさらに一つの人影が現れる。




「主さん、ちょっと早かったのではないか?まだ孫はおらんぞ」

「そんなことはないよ。“ここ”で合流するのが一番でしょ。それまでの手助けは彼は必要としてないみたいだし」

「ふむ。それもそうか」

くわっと欠伸をする白尾さんに呆れながら、私は目を覚ましたつららちゃんの頭を撫でる。

「三日間も吊るされっぱなしだったんだ。来るのが遅くなってごめんね」

「え?え?…痛っ!」

何が何だかわからないといった様子のつららちゃんの足をかじったのはさっきの虫妖怪。

「な、何…?」

わらわらと私達の周りを囲む妖怪の多さに、縛られたままのつららちゃんは顔を青くさせる。

「大丈夫」

そう言って、私は両手でつららちゃんを抱いたまま笑った。

それだけで、さらさらと黒い妖気が何かに流されるように消えていく。

妖気を流されて姿を保てなくたった妖怪達は次々に消滅していく。

「土蜘蛛、彼女を囮にしてるならちゃんと彼女の安全を確保してもらえないかしら」

その声に、背中を向けてた土蜘蛛が振り返ってにたっと笑う。

「来たな、龍神の娘」

「三日ぶりだね。先日は本当に御世話になったわね。今すぐ借りを返したいところだけど、まだ主役がそろっていない。でしょ?」

「わかってるじゃねえか。もう一人が来るまで大人しくしててもらおうか」

つららちゃんは、私達の会話にぽかんとしている。

「もう、一人…?」

そんなつららちゃんを縛っている縄を短刀で切って自由にさせてあげる。

「リクオがね。ここに来るのを土蜘蛛は待ってるんだよ」

土蜘蛛の代わりに答えてあげると、つららちゃんが目を大きく見開いて私の羽織を震える手でつかむ。

「リクオ様が…生きてるの?」

それに、私は頷く。

「リクオ様が…来るの…?」

それにも黙って頷いた私の後ろで土蜘蛛が酒をがぶりと飲みながら言う。

「…そのためのエサだ。おとなしくしてろ」

「私が…エサ?」

その言葉に、つららちゃんの動きが固まる。

彼女の思考は手に取るように私にはわかった。

これまでずっとリクオを守ってきた彼女だからこそ、リクオにとって一番リスクが少ない選択を彼女は自ずと導き出して、そして実行してしまうだろう。

リクオよりもはやめにつららちゃんのもとへ来たのは、もしも彼女が“万が一”のことを考えていた時のためでもあった。

思った通り、彼女は握っていた私の羽織を離して氷の薙刀を構える。

その手を、私はそっと押さえて首を振る。

そんな私を、彼女は睨む。

「どうして…!」

土蜘蛛の不意をつくためだろう。

私にしか聞こえないような小声でつららちゃんは私の意図を問うてくる。

「あなただけじゃ無理。分かってるでしょ?」

言えば、つららちゃんは顔をゆがめて私に迫る。

「それだったら…!あなたも一緒に…!リクオ様が来ちゃうのよ!?土蜘蛛のところに!そしたら、今度こそ…今度こそ…」

そんな彼女を何も言わずに眺めていると、つららちゃんは私に薙刀を向けた。

「…」

「貴女は…どちらの味方、なの?」

「さて。どうだと思う?」

首を傾げて見せれば、つららちゃんは私からもじりっと距離を置く。

そして、土蜘蛛が何かに意識をとられた瞬間に一人で逃げ出そうとしたとき

「やめとけ。お前じゃ何も出来ねぇよ」

土蜘蛛の視線がつららちゃんに突き刺さった。

「…!」

逃げられないことを悟り、震えながらも覚悟を決めたように自分の氷の薙刀をぎゅっと握ったつららちゃんの手を私は優しく解して笑う。

「ごめん、ちょっと意地悪しちゃった」

目に涙をためながら私を見上げるつららちゃんに、そこまで怖い思いをさせちゃダメだろ、と自分で心の中で突っ込む。

「私は、羽衣狐を止めに来たの。敵じゃないよ。さっきのはちょっと嫉妬しちゃったの」

その言葉に、意味が分からないというようなつららちゃんに肩をすくめてみせた。

「だって、リクオは“あなたのために”ここへ来るんだもの」

その瞬間

―ドガァアン…!

「リクオ、様…?」

扉を蹴破って現れたその姿が眩しくって、私は目を細める。

ほらね。

私じゃなくて、彼女のために。


「なんで…何で来たんですかぁ!」

叫ぶつららちゃんのもとにゆらりと現れるリクオ。

「お前を助けるために来た、つらら」



少し、痛んだ胸に私は知らぬふりをした。




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