よっつ
(彼女は…)
獏が目を向けると、息も絶え絶えだった当主も手を震わせて口を開いた。
「おお…、ゆらか…。もっと近くに…」
「お…おじいちゃん!?」
慌てて駆けよってくるゆらに当主が血に染まった顔で笑みを見せる。
それを見てから、獏は黒炭で地面に文様を描いていく。
「ゆらは…結晶だ。お前の中には花開院家の未来がつまっとる。老いた私の目にはまぶしい、ワシらの結晶なのだ」
「お…、おじいちゃ…!何言って…!」
か細くなっていく当主の声に、獏は複雑な陣を描きながらも眉をしかめる。
そう。
どんなに可能性があろうとも、彼は年老いた身。
いくら水姫に治癒の力があろうとも、この深手では難しいかもしれないし、母の高淤加美神に頼もうとも年老いた人の寿命を少し伸ばすだけのような行為をあの性格からしてとてもすすんでやってくれるようには思えない。
(難しいな)
獏の心の中ではすでに諦めとして当主の死を受け入れるつもりでいた。
それならば、この陣は無用だったかと思ったとき
「う…、う…、うう…!うう〜〜〜!!」
声を押し殺して、それでもこらえきれない嗚咽が聞こえた。
ぱたりと水が地面に落ちる音がして、ゆらの顔を見て獏は止めていた手を動かした。
人の死には幾度も直面してきた。
そのたびに遺族の想いを見てきた。
でも、それはひどく重くて、いつしか流すようになっていた。
人の悲しみに流されないように、人と同じところに心を置くことを止めたのだ。
しかし、ここしばらく神のくせに人と交わり、妖怪に心を傾ける水姫と一緒にいたせいか、その距離を保つことを忘れていた。
そのせいだろうか。
まだ幾ばくかしか時を刻んでいないこの少女の想いを汲んでやりたくなったのだ。
可能性はある。
陣を描き終え、目を閉じた当主の体の各所に針を刺して呪を唱える。
そんな獏に声をかけたのは、霊体である秀元だった。
「キミ、誰なん?この陣と呪、大陸のものやんな?」
秀元を知らない獏は眉をひそめて秀元を見やる。
「誰だ?地縛霊か?」
「あ、ちゃうちゃう。ボクはゆらちゃんの式神の13代目秀元。キミ、人とちゃうやんな?このおじいちゃんに何したん?」
その言葉に、しばし考えをめぐらした獏は素直に答えることにした。
「仮死状態のまま、時を止めた。俺の主か、またはその母上がもしかしたらこの傷も癒せるかもしれないからな」
「主…?キミの主って?」
「夜護淤加美神。まだまだ未熟で名前ばかりのひよっこ神様だ」
周りに知っている顔もないし、正直に答えると秀元はぶっと吹き出す。
「え!?もしかして、水姫チャンの神使?高ちゃんの娘さんの!?」
「?知っているのか?」
「知ってるも何も…」
秀元が何かを言いかけようとしたとき、しゅるりと秀元の体が透けていった。
「13代目…?」
通りかかった秋房もそれに気付く。
「ああ、ボクを出してるゆらちゃんが寝てしまったんやな。ボクも消えるから、キミに一つ。主さんは修行に言っとる。多分、次に現れるんは相剋寺や。行くんやったらゆらちゃんも起こしたってな。それから、しばらく秋房くんにここは任せるわ。ゆらちゃん、あと少しや…。また頑張って出してな」
言いたいことだけ言って消えてしまった秀元に残された獏は、初めて得られた水姫の情報に首を傾げるばかりだった。
(?修行?どこで…というか、普通ここまで神使を放っておくか?まさか水姫の奴、俺のこと忘れてんじゃないだろうな。…さっさと合流したいところだが…しかし、ここから離れてもいいのか?)
そのまさかが本当であることは、水姫本人しか知らない。
(よし。とりあえず、水姫を知っている奴がいたんだ。もう一度この陰陽師娘を起こしてあいつを出してもらえればいいだろう)
そう結論づけて、獏は珍しくすすんで陰陽師たちの手当に向かったのだった。
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