ひとつ
「…っち」
ここは花開院家本家のとある部屋。
清十字団のみんなが集まる中、戻ってきた獏は一人舌打ちする。
その瞬間に響く轟音。そして、建物の崩れる衝撃。
そして、一際大きく建物が揺れた。
同時刻、屋敷の外では花開院本家に侵入してきたしょうけらによる十字の攻撃により、清十字団のいる部屋も崩れようとしていた。
「“易に太極あり、これ両儀を生じ、両儀は四象を生じ、四象は八卦を生ず ここに八卦を現して四象を結ぶ”」
獏は素早く唱えながら針を部屋の柱に突き刺して、足で陣を描く。
「“太極図結界”」
唱えたのと同時に凄まじい衝撃が部屋を襲い、電気が消える。
それに慌てるわかめ頭…清継をはじめとする皆に指を組んだ獏が冷静に言う。
「ただの地震だ。震災のときは机の下に潜って頭を保護する行動を取るよう教えられなかったか?」
「え…」
「地震…?」
みんながぽかんとしているのを余所に、獏は肩をすくめて扉に向かう。
「外の様子を見てくる。安全を確認したら戻ってくるからそれまで外に出るな。いいな?」
「え、ちょっと、獏さん一人で外に出る気…!?」
カナちゃんの言葉に、今までソファで横になっていた倉田がむくりと起き上がる。
「あーあ。さっきから騒がしいな。オレもちょっくら小便してくらぁ」
その言葉に、さらにみんながおろおろと慌てる。
「ちょ、ちょっと獏さんに倉田くんも本気?今、絶対外危ないよ?何かあったら…」
そう引き留めるカナちゃんの言葉に、倉田は振り返る。
「そんなにオレが心配か?」
そう言いながら何やら胸元をごそごそと探って、突然大きく喝!と唱えた。
その瞬間、ふわりと何やら不思議なもやが漂って、それにあてられたようにくらりとカナちゃんたちは倒れる。
「…おい。奴良組の。お前も来るつもりか?」
顔をしかめた獏に、青田坊はケッと唾を吐く。
「雪女に任されてんだ。不本意だが、オレはこいつらを守んなきゃいけねえみたいだからな。そういうお前こそなんでわざわざ外に出ようってんだ?」
「…ふん。オレも似たようなもんだ。出来るだけ死者を減らしてくれと。なかなか無理なことを言ってくれる」
獏の言葉に、青田坊は鼻で笑う。
「どうやらお互い、苦労するはめになりそうだな」
「全くだ。…ちなみに、今この部屋には結界をかけて崩れるのを防いであるからオレが結界に出入りの穴を開けないと出られない。少し下がっていろ」
そう言って、獏は出入り口で戸惑っている陰陽師をどかして扉に手をかける。
「“解”」
唱えた瞬間に、ばちっと一瞬電気のようなものが走って見えた後、扉がすっと開いた。
「ああ。どうやら急いだほうがよさそうだ」
獏は一人呟くと、青田坊を置いてさっさと駆けだしてしまった。
「陰陽師の本家がこれか」
思わずため息をついて、獏は素早く数えきれないほどの針を一斉に飛ばす。
現在進行形で陰陽師の命を取ろうとしていた妖怪達が次々と動きを止めたかと思うと、次の瞬間砂のようにさらさらと闇に溶けて消えていった。
(頭は…)
この襲撃のリーダーを探そうとあたりを見回すと、ちょうど青田坊が京都ですでに一回会っている銀髪の妖怪と対峙していた。
(あれだな。京妖怪の中でも幹部のようだったし、妖気が一匹だけ違う)
あれを青田坊に任せていていいものかどうか迷ったものの、何しろ侵入してきた妖怪の数が多い。
その上、雑魚ともいえるような妖怪に陰陽師が対応しきれていないのを見て、仕方なく獏は援護に回ることにした。
まぁ、青田坊ほどの実力があれば大丈夫だろう。
彼の腕を見込んでの判断だったが、次の出来事に獏は思わず頭に手をやった。
いつのまに入り込んでいたのか、京妖怪が手に眠っている清十字団の面々を抱えてきやがったのだ。
(…これで彼らに何かあったら水姫に殺されるな)
かと言って、目の前で殺されそうになっている陰陽師を見捨てても水姫の言葉を守ることは出来ない。
一瞬だけ逡巡したのち、獏は倒れている陰陽師のもとへと駆け付けたのだった。
「おい。生きているか」
血を流した陰陽師たちを一か所に集めて身をかがめて問えば、かろうじて反応を返す人々。
これでは足手まとい以外の何物でもない。
思わず出てくる舌打ちを何とか抑えて、獏は傷ついた人々の周りにも足で陣を描く。
「“仁”“義”“礼”“智”“信”」
一言ずつ唱えながら足で砂に五角形の陣を作って、指を組む。
「“五徳護身結界”」
唱えれば、傷ついた人々を囲む大きな五角形の結界が出来た。
「いいか。妖怪はこの中に入ることはできない。絶対に出るな」
意識のあるものにそう言い残して、獏は身をひるがえしてしょうけらのもとへと向かったのだった。
[ 131/193 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]