はたちあまりみっつ


「白尾さん」

声をかけると、ごろりと寝転んでいた白尾さんが眠そうに瞼をこする。

「…やるのかい?」

私を見て、白尾さんは口角をあげてにやりと笑いながら聞いてきた。

その質問に、私は頷いた。

そして、次の瞬間、目の前には青い影を纏う土蜘蛛。


それに躊躇いなく近づいて、私は土蜘蛛の体に触れた。

そして、土蜘蛛はさぁっと形をなくして霧雨のように細かな水の粒のようになって私の上に降り注いだ。


“私”を受け入れて、初めて分かった。

「白尾さん、私の本当の力って…“浄化”だったんですね」

顔をあげて白尾さんを見やれば彼は満足そうに目を細めていた。

「この幻の土蜘蛛は闇の穢れでつくられていた。だからただの攻撃に対しては決して勝てるはずがなかった」

その言葉に、白尾さんは肩をすくめる。

「水とは本来、穢れを流して清める性格を持つのだよ。お前が水の神だと言うならとめどなく流れる川のような存在であらねばならぬ。しかし…」

「私は、怒りや怨みといった負の感情を一所にまとめて澱ませていたのですね」

白尾さんの言葉を引き継いだ私に、白尾さんはくつくつと喉を鳴らす。

「澱んだ水の力では本来の実力は出せまい。…それで、宝玉は見つかったかい?」

全て知っているような白尾さんの言葉に苦笑しながら私は頷く。

「懐にしまってあります」

「そうか。それを失くしてはいけないよ」

白尾さんの言葉に、私は首を傾げる。

「それは、言うなれば竜の心臓さ。本来ならば体の中にあるべきもの。しかし、今回は急を要したせいで高淤加美はその玉をお前の中から取り出したのだろう。それが壊れない限りお前は死なない。しかし、その玉が壊されれば…」

その言葉に、私は思わず懐の玉をぎゅっと握る。

そんな私を見て、白尾さんはけらけらと笑う。

「なに。滅多なことでは壊れんさ。しかし、取り出しちまったもんはどこかに隠さなきゃならん。その場所は考えてあるのかい?」

言われて、私は一瞬考えた後、ふふっと笑った。

「ええ。大丈夫です」

その言葉に、白尾さんはへぇ、と驚いて見せてから思い出したように手を叩く。

「そういえば、京都に異変があったようだぞ」

「え!?」

「何やら大きな百鬼夜行が都を進んでるみたいだが…」

うーん、と遠くを見るような白尾さんに私は慌てて聞く。

「そ、それって遠見ですよね!?どうやって見るんですか!?」

私の言葉に、白尾さんは頷く。

「その通り、これは“遠見”だよ。なに、せっつくことはない。今の水姫ならできるだろう。心を落ち着かせて見たいものを思ってごらん」

言われて、私はすっと目をつぶって心にリクオを思う。

不思議と、今なら出来る気がした。

今、都はどうなっている…?


映ったのは、第三の封印と言われる鹿金寺。


おめぇら!オレの背中についてこい!


そこに大量に流れ込む百鬼夜行。

そして、その先頭に立つリクオ。


ああ。

「行かなくちゃ」

すっと目を開けて、私は手をかざす。

「―…開門」

―ドンッ

突然現れた大きな鳥居。

「水姫…」

白尾さんに会ってから初めて、彼の驚いた顔を見て私はにっこりと笑う。

「時間がないみたい。行きましょう、白尾さん」



神渡りはまだ教えてもいない。

そして、渡りをするときに現れる鳥居の大きさは、その神の力の大きさを現す。

「…は、はは。流石は高淤加美の娘か」

澱みの消えた水の力は思った以上の物だぞ、高淤加美。

心の中で友へと呟いた白尾は水姫の背中を追って鳥居の中へと消えたのだった。





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