はたちあまりふたつ



『ダカラ言ッタノニ。今ノ貴女デハ弱イ。三日ナンテ無理。ソウデショ?』

「…知ってる」

『ソレデモ私ヲ拒絶シ続ケルツモリ?無駄ダヨ。私ハ隙ガアレバ出テイク。貴女ニハソレヲ抑エル“力”モナイ』

「…そうかもね」

『クスクス。今日ハヤケニ素直ネ。ソンナニ幻程度の土蜘蛛ニヤラレタノガ堪エテルノカシラ。ソレトモ、マタ我ヲ忘レテ暴走シテシマッタノヲ悩ンデルノ?』


「…それもあるわ」

修行三日目。

起きてすぐに再び白尾さんの出した土蜘蛛との戦いに身を投じてきた。

そして、三日目に満身創痍になった私は内で暴れる荒魂を抑えることが出来ずに再び荒神となってしまったのだった。

しかし、前回と違ったのは、暴れ狂う自分の中にもう一人、“私”としての意識を保つ自分がいたこと。

そして、荒れ狂う自分の中の感情…いや、激情を初めて垣間見たのだ。


悔しい、力がないのが悔しい。

憎い、私の大切な人たちを傷つける存在が。

私は、神なのに。

妖怪に負けるなんて、許せない。

許さない。

私は強くなければならない。


自分の中で嵐のように荒れ狂う感情は全て本物だった。
言葉にしなかった、私の想いだった。
本音だった。

守りたい、という気持ちに嘘があるとは思っていない。

けれども、何より私が強く持っていたのは神としての、母様の娘としてのプライドだった。

名のある神の娘がこの程度だなんて。

思われたくない。思わせない。

そこに、荒魂は棲んでいたのだ。


だから、こんなにも、この池に映る“私”は強さにこだわる。

見て見ぬふりをしていた、目を逸らしていた場所に“私”は棲んでいたのだ。


「私、弱いのは嫌なの」

池に映る自分に呟く。

「守りたいものが守れないのも嫌。神としての私を弱く思われるのも嫌だわ。だって、母様はあんなに立派な神様なのに」

『ナニヲ…?』

「私は高名な高淤加美神の娘。夜を護るお役目も与えられた。それなのにこの程度って思われるのも嫌。そうね。私、プライドだけは人一倍強いみたい。だって前世って、私ただの人だったのよ?神様なんてすごいものだと思ってたわ。そんなものに私、なっちゃったのよ?」

くすくすと笑えば、池に映る“私”が狼狽する。

「強くて当たり前。なんでも出来て当たり前。リクオとか妖怪や好きな人たちを守れて当然。…だから、初めて“私”の力が及ばなかったときに怒りを覚えたのね。この私が、って。…そのときに、あなたが目を覚ましたのね」

私はくすくすと笑い続ける。

「私、なんにも分かっちゃいなかった。今も分からないことばっかり。でも、これだけは分かったの」

私は、水面に手を静かにつける。

水に映った自分の頬を撫でるように。

「“私”を拒絶している限り、私は一歩も前に進めないってこと。どんなに建前をつくっても自分だけは騙せないものね。自分を騙そうとすればするほど私は弱くなっていく。どんなところにも力が宿っていることを知らずにその感情を封印しちゃうんだもの」

今度は両手で水面に映る自分の顔を包む。

「ごめんね。もう、“私”を拒絶したりしない。私しか知らない“私”を自分で隠したら、あなたは誰にも見つけられないまま。そんな寂しいこと、もう終わりにしよう」

水面の“私”は相変わらず怖い顔のまま。

私の醜い部分を全て背負ってくれているから。

そんなことも知らずに、醜いものを拒絶しようとした私。

「一緒になろう。もう、私は自分の醜いところを隠そうとは思わない。私もちゃんとその感情を背負うから」

怨み、驕り、怒り、嫉み。

浸した手から黒いものが自分の中に沁みこんでくるような感覚。

反対に、池の水が徐々に澄んでくる。

そして、池の色が完全に澄み渡ったとき水を掬った私の手のひらに、ころりと小さな玉が転がった。

それは、とても綺麗な淡くゆらめく水の色だった。




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