はたちあまりひとつ



「何か収穫はあったかにゃ?」

「あ…、白尾、さん」

揺れた水面は静かになっても相変わらず黒く、宝玉も見つからなかった。
とぼとぼと森を出ると、入り口の立札に頬杖をつきながら白尾さんが私を見ていた。

私は、白尾さんから目を逸らしながらも曖昧に頷く。

「“自分”と、話をしました…」

「へぇ。で?」

面白そうに促す白尾さんに、私は拳をぎゅっと握りしめながら答える。

「強く、なります。自分に負けないように」

「そうかい。では、修行でもしようか」

「え…?あ、はい」

私の言葉に、白尾さんは特に何の反応もなく、そうさらりと言ってすたすたと歩き始めてしまった。

そんな態度に疑問を感じながらも、私は白尾さんの後を追いかけたのだった。







「ここでいいね」

白尾さんはもといた少し小高い丘につくと、再びごろりと横になってしまった。

「え、あの…」

戸惑う私に、白尾さんは愉快そうに笑う。

「大丈夫だよ。修行はきちんとつけるさ。こうやってね」

そう笑った白尾さんの青い右目が突然妖しい光を放った。

その瞬間

「…な!」

私の目の前には青い光を帯びた土蜘蛛がいた。

「な、んで…!ここは神地なのに…」

後ずさる私に、土蜘蛛の後ろで寝っころがる白尾さんは欠伸をしながら言う。

「それは幻だよ。水姫、あんたの記憶のなかで一番強い敵の姿をしたね。こいつを倒したいんだろう?幻にやられてるようでは話にならないからね。倒してみるといい」

これ、が幻…?

目の前で煙管を吹かして、にたあっと笑う土蜘蛛を見上げて私は言葉を失う。

青い光を帯びていること以外、そのまんま土蜘蛛だ。

存在感も、畏れも。

…でも。

白尾さんの言うとおり、幻なんかに負けてはいられない。

大きく拳を繰り出してきた土蜘蛛の攻撃を避けながら私は歯を食いしばったのだった。







「…はぁ、っは、…このっ」

本物の土蜘蛛との戦いで負った傷はまだ全く癒えていないし、力も相変わらず不安定。

水槍を繰り出して攻撃しても、水網で土蜘蛛を絡め取ろうとしても、どうにも倒せない。

それどころか、幻からの攻撃に傷は増えるばかり。

悔しさとともに怒りがふつふつと沸き上ってきたとき


―ドク、ン…!

「ぅあ…!」

胸の内から黒いものがせりあがってきて、私は思わず胸を押さえてうずくまる。

“あいつ”が出てくる…!

池で聞いた笑い声が頭に響く。

視界がぼんやりと黒く染まっていく。

こんな…!

こんな、少しの苛立ちでさえ糧にして、憎しみが増幅していく。

「くそ…!出す、もんか…!」

しかし、そう思えば思うほど怒りは強くなっていく。

そんな私を待ってくれるはずもなく、幻の土蜘蛛が笑いながら大きな拳を繰り出してきた。

それが、あの時の光景そのままで。

「…ぅ、ぁああ!」

意識が闇に呑まれかけた。

そのとき

―パンッ


幻が、消えた。

「そこまで」

白尾さんの声と眩しい光に、私は意識を取り戻していく。

「…ぁ」

私は、どさっと膝をついてかすむ視界で白尾さんを見上げた。

彼…いや、彼女の左目が今度は金色に輝いていて。

その光が疲れ切った体に暖かく沁み渡っていく。

「今日は終いじゃ。私の左目は神力を補ってやることが出来る。体の疲れもとれるじゃろうて」

白尾さんの声をぼんやりと聞きながら、私は仰向けに倒れて意識を手放したのだった。






「三日か…。ちときついのう」

白尾は、そう呟きながら水姫を抱き上げて葉っぱを集めて作った寝床へ運んだのだった。




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