はたち


その険しい目は、どこまでも暗く深く、憎悪の固まりで。

口は怒りをあらわに、大きく引き結び。

まるで、鬼。いや、鬼よりも恐ろしい、鬼神。

しかし、その顔自体は間違えようもなく私自身で。


「う、そだ!!」

こんなの、私じゃない…!

これ以上、恐ろしい視線を見ていたくなかった。


私は思いっきり音を立てて池の水面をたたいた。



私のたてた波紋が広がってその顔を消していく。

次に池が映したのは、まるで地獄のような風景。

黒い雷雲に燃え盛る炎。

ところどころに見える瓦礫は伏目稲荷の千本鳥居。

逃げ惑う、見たことのある妖怪たちを囲む、恐ろしい火の手。

一匹、また一匹と火にのまれて断末魔をあげるその光景に私は目をそらして再び水面をたたく。


そうすれば、その光景は消えて、次に現れたのは…

傷ついたリクオの、気を失った姿だった。


「リクオ…!」

思わず身を乗り出して見入るその水面に現れたのは目を赤く血走らせた竜の姿。

竜が逃げ惑う妖怪に向かって吼えればそれに雷が落ち、炎が地面を舐める。

そして、次にその竜は

血走ったその瞳で

リクオを、捉えた。



「やめて!!」



私は水面に向かって叫んでいた。

声の届くはずのない、水に映った私に。

そう、届くはずのない。

しかし、“私”はぎろりと赤い目をまっすぐ正面に向けた。

『ニクイ…!私ノ大切ナ者ニヨクモ傷ヲ…!』

竜が牙を向いて叫ぶ。

『憎イ憎イ…!アア、全テ焼キ尽クシテ仕舞オウ…!』

それは、怒りに身を任せたときに私が思ったこと。

でも、違う。

違う…!

「あなたに、憎しみに身をゆだねたのは、守りたかったから…!リクオを殺そうとする土蜘蛛を倒したかったから…!」

水面にゆらりと浮かぶ“私”に向かってそう言うと、“私”はその裂けた口をにやりと歪ませる。

『ソウダ…。私ハ“私”ニ任サレタ。憎シミヲ。ダカラ私ノ思イノママニ破壊シテヤルノダ』

「違う!私が欲しかったのは破壊する力じゃない!守る力だ!」

水面に映る自分に反論すれば、息の抜けるような音をたてて竜が笑った。

『同ジコト。私ガ求メタノハ“力”ダ。“力”ハ何カヲ破壊スルタメノモノダ。ソシテ“力”トイウノハ怒リト憎シミニヨッテ解放サレルノダ』

嬉しそうに目を細めた竜の目に私は思わず身震いする。

これは、“私”なのだ。

この身の内にはこの私が棲んでいるのだ。

『“力”が欲シイダロウ?モット強クナリタイノダロウ?ナラバ私ニ身ヲ任セレバイイノダヨ。イツデモ力ヲ貸シテヤロウ』

その言葉に、私は唇を噛みしめる。

確かに、私は力を求めた。

もっと強くなりたいと思って修行を願い出た。

「でも、違う。“壊す力”ならば、私は二度とそんなものを求めない」

きっぱりと言い切った私に向かって竜はくつくつと笑う。

『綺麗事ヲ…。モシモ再ビ危機に陥レバ、オ前ハ私ヲ求メルヨ。オ前ノママデハ弱イカラネェ…』

「、っ…強くなる…!今のままでも強く!あなたは私の中から二度と出さない」

『ホウ…。飽クマデ私ヲ拒絶スルトイウノカ…。ヤッテミルガイイ。ドコマデソノ言葉ヲ守ルコトガデキルダロウネェ』

「やってみせるわよ。大切なものを守るために」

そう誓うように言う私を嘲るように水面はゆらゆらと揺れる。

『アハハ!オ前デハ何モ守レナイ。ヨワイヨワイ…。フフフ。カワイソウニ』

「うるさい!私は強くなる!お前なんか必要ない!」

私の大きな声に、水面がさらに揺れる。

水面が大きく波紋をたてて、竜の姿も消えていく。

しかし、笑い声だけはいつまでも残っているような気がした。

頭の中に、いつまでも。




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