とあまりやっつ


「リクオ…。それでも貴様奴良組の長となる気か」

「え…」

牛鬼、だけども…いつもと雰囲気が違う。

「お前たちの大将、私があずかる」

京妖怪…土蜘蛛にすら負けない存在感。

ここまでの畏れを牛鬼はもっていたのか…。

有無を言わさずに、気絶しているリクオを担いだ牛鬼は、ちらりとこっちを見て頭を下げる。

「こちらの力が及ばないせいで、神々にもご迷惑をおかけしたご様子。この者、私が3日間かけて鍛えあげます故、どうぞご容赦を」

そんな牛鬼に、母様はからからと笑う。

「なに。丁度こちらも幼い娘を鍛えようとしていたところ。そちらが3日というならこちらもそれに合わせよう。異論はないな?水姫」

言われて、私は強く頷く。

「もちろんです。私は強くならねばなりません。どんな修行でも臨みましょう」

私の返事に、白尾さんがにょほほと笑う。

「口だけは達者なようじゃのう、お前の娘は。では、こっちは私が預かるぞ」

そう言って、白尾さんは私を抱え上げる。

「…って、なんで横抱きなんですか!?」

じ、自分で歩けるのに、白尾さんに抱き上げられて文句を言えば、白尾さんは相変わらず飄々と笑う。

「なに。こちとら400年待ちわびた友の娘よ。多少は可愛がってやりたくなるものだ。では、さらばじゃ、高淤加美、秀元」

そう言って、白尾さんは宙に手をかざす。

「…―開門」

そう呟いた瞬間、何もなかったところに赤い鳥居が現れた。

「こ、れは…」

呆気にとられた私に、白尾さんがにやりと笑う。

「〈御神渡り〉これも習得せねばなるまいよ」

そう言って、私を抱いたまま白尾さんは鳥居をくぐる。

一歩入れば、そこは闇。

細い道が両脇にある燈籠の灯にぼんやり照らされている。

「どこに通じるか分からぬこの道へただの者が迷い込めば進むことも戻ることもままならぬ。神のみが渡る神の道。どこにも通じさせるが、神の業。さて、まずはあそこへ行こうか」

そう呟きながら、早くも出口と思われる光が見えてきた。

そして次の瞬間、一気に美しい風景が私たちを包んだ。

「こ、こは…」

「肥前の神地。神格は剥奪されたが、私の生まれた神地はもとのままだのう」

嬉しそうな白尾さんの腕から降りて、私はあたりを見渡す。

風にそよぐ草原に森。なだらかな丘からは川のせせらぎが聞こえる。

神地、というからにはここも人の世ではないのだろう。

肥前…というと、九州まで来ちゃったの!?

一瞬、だったなぁ。

自分も神だってのに、知らないことばかりで本当に情けなくて溜息がでてくる。

そんな私を余所に、白尾さんは草原で気持ちよさそうにごろごろと寝転がっている。

「あ、あの…、白尾さん…?修行をつけてくれるんじゃ…」

あまりにも私そっちのけで寝てしまいそうだったから思わず声をかけると、思い出したように白尾さんは頷く。

「おお。そうだったな。うむ。とりあえず、お前、どこまで出来る?」

言われて、私は困惑して首を傾げる。

問いが漠然としすぎてよくわからない。

「え、と…。とりあえず水を操ることと、竜になること…それから…自分は覚えてないのですが予知をしたらしいです。あとは、遠見、ですかね」

「ふむ。…基礎は知らんのか?」

「基礎?」

聞き返すと、白尾さんは顔をしかめる。

「むう。面倒くさいのう。とりあえず、一から説明するから聞いとけ。まず、この世は現世、あの世は常世、神の住む場所は神世。そして、神世で神々が持つ自分の世界が神地。ここは私の神地じゃ」

「はい」

ここまでは分かっているつもりだ。

「お前や私みたいに人格を持つ神は〈尊〉。それ以外の神霊は〈御霊〉。さらに、我ら神は荒ぶる魂、〈荒魂〉と静かなる魂〈和魂〉を持っている。それと奇魂と幸魂をあわせて四魂。神の心情によって神は荒ぶる神とも安寧なる神ともなる。お前は先ほど、怒りで〈荒魂〉を表に出したのだ」

「あら…みたま…」

怒りに身を任せ、誰彼かまわず気が済むまで暴れ狂う存在。

母の言っていた悪神。

「まずは、自分の中の〈荒魂〉と〈和魂〉の制御をすること。それが出来なくては話にならぬ」

そう言って、白尾さんは再びごろりと寝そべってしまう。

「あ、の…その制御方法は…」

それが分からなければ話にならない。
けども、白尾さんはくわぁっと欠伸をするとそのまま本格的に寝る体制に入ってしまった。

「“自分”と話をすることだ」

「え?」

ど、どういうことですか…?





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