とあまりななつ
「悪いが、高淤加美。私はもう猫神ではないぞ。神格を剥奪されたからな。ただの長生き猫じゃ」
にょほほ、と笑う白尾さん。
いや、二千年も生きてる猫をただの長生き猫とは呼ばない。
心の中で突っ込んで、私は息を整える。
「えーと、私の名前は…白尾さんがつけてくれたのですか?」
聞くと、白尾さんは満足そうに頷く。
「産まれるのは女子と聞いていたからの。どうじゃ、良い名じゃろう?」
にっこりと笑われて、私は思わず顔が赤くなる。
いや、もとは猫…なんだろうけど、この人かっこ良すぎる…!
ふわりとした長い猫毛に整った顔立ち。
さらに、左右で違う色の瞳が不思議な魅力を放っているのだ。
そんな私を見て、母様がさらに大笑いする。
「水姫、こやつ、今はこんな色男じゃが、もとはメス猫じゃぞ」
「は…?」
「こら、高淤加美!私が変化した姿のときの性別は言わぬ約束じゃろうが!」
「はっはっは!しかし、こんな色男に我の娘が誘惑されてもかなわん!もとはお前が惚れた男の姿じゃろう、その姿は」
「にゃー!また要らぬことを…!まぁ、この男以上の色男は天地どこを探してもおらぬだろうがな!」
何やら、私の分からない話題で盛り上がる二人は本当に親しげで、母様の親友ってことにも納得がいった。
「そ、れで…、あの、母様…!白尾さんはどうして今ここに…」
盛り上がっているところに水を差すのは悪い気がしたけど、私にとっちゃ何が何だか分からない。
最初からの説明を頼むと、母様は頷いて咳払いをした。
「うむ。白尾はな、400年前に羽衣狐とぬらりひょんの戦いに手を出して理に触れたのじゃ。しかし、我がこの親友のために白馬と黒馬を天に使いを出して慈悲をかけてくださるよう願い出た結果、白尾は神格を剥奪されて天で暮らすことになった。じゃが、この度再び羽衣狐が復活し、お前が夜護に選ばれ、夜を見守る役目を司った。しかしな…」
そう言って母様が私の頭を撫でる。
「お前はまだ幼すぎる。力も心も、じゃ」
その言葉に、私は唇を噛みしめる。
幼い、のは自覚はしていた。
けども、やっぱりそう言われるのは悔しくて。
歯がゆくて。
情けなくて。
あふれ出そうになる感情をぐっとこらえた私を、母様は優しい目で見つめる。
「水姫。それは仕方のないことなのだよ。むしろ、天がお前に期待をかけすぎなのだ。その幼さで今の難しい時期を任せるというのは少々疑問に思うことがあってな。それを汲み取ってくれたのが月神である月詠様じゃった」
「月、詠…様?」
聞き返した私に、母は頷く。
「お前の直接上にあたる神じゃよ。月詠様は夜を総べるお方じゃ。…そして、お前に夜護を与えた神でもある」
「私に、夜護を…?では、やはり夜護淤加美は母様から頂いた名ではなく、天から頂いたものなのですね?」
その言葉に、母様は少し驚いたように目を見開く。
「ほう。もっと驚くかと思ったが。知っておったのか?」
「…はい。遠野の地で会った瀬織津姫命様から、それらしきことを…」
そう言った私の頭を母の大きな手がゆっくりと撫でる。
「すまんのう…、水姫。お前にはまだいろいろと教えなくてはならなかったが…。我にはなんとも早すぎると思われて詳しいことは何も教えてやれなんだ」
珍しく母様の沈んだ声を聞いて、私はばっと顔をあげる。
「いえ!いえ、母様が謝ることはありません!私は、母様の娘というだけで誇りに思っています。私にはまだ力が足りませぬが、いずれ母様の名に恥じぬような立派な神になってみせます!」
拳を握って私は母の目をまっすぐ見つめて言い切った。
本音だ。
そんな私を見て、母様はくしゃりと顔をゆがめた。
「嬉しいことを言ってくれるな」
「よかったのう、高淤加美。親孝行な娘を持ったものだ」
そんな母様の横から、からかうように白尾さんが笑う。
「あ、あの、それで、白尾さんは…?」
そう。もともとはこの人…この猫様がどうしてここにいるかを聞きたかったのだ。
すると、母はさらりと言った。
「ああ、お前の新しい神使にするために月詠様がよこしてくださった」
「…」
え?
ぽかんとする私に、白尾さんがにんまりと笑う。
「そういうことだ。高淤加美の娘よ。私はもう神格を剥奪されたでな。夜護の力になることで、私はスサノオから解放されたのじゃよ」
「い、いや、でも…!!神使っていったって、白尾さんの方が力があるし、それに私には獏が…!」
慌ててそう言う私に白尾さんはけらけらと笑う。
「だからだよ。私の方が力もあるし、経験もある。神としての教育係、ということだな。まぁ、獏とやらは知らぬがせいぜい楽しくやらせてもらうよ」
「は、はぁ…」
驚きのあまり、それしか声のでない私に母様がにかっと笑って言う。
「まぁ、我じゃと親馬鹿が出て、教育にならぬと月詠様に言われてな。仲良くおやり」
「はぁ…」
なんだか驚いてばかりで疲れて同じ言葉しか出てこなかった。
そのとき
―ジャリッ
「…!?」
沈みかけた夕陽のなか、鴆がリクオの外傷の手当をしているところに、現れた人影。
あれは…
「牛鬼…」
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