とあまりむっつ



「さて。水姫や。泣いてる暇はないぞ。奴が来たようじゃ」

「え?」

ぐすっと鼻をすすった私に、母が上を指して見せる。

「ほれ。白馬と…」

言われて見上げれば空から駆け下りてくる白馬と、その後ろに続く、白い毛並。

「あ、れは…猫、ですか?」

私が尋ねたのと、彼らがこの地に降り立ったのは同時だった。

地上に降り立ち、ぐぐっと伸びをするその姿はもはや間違いようもなく、猫。

まぁ、白馬と空を降りてきた時点で普通の猫でないことは一目瞭然なのだが。

「白馬や。楽に事は進んだかい?」

母の言葉に、白馬はたてがみを震わせる。

「少々渋られましたが、今までの水姫様の活躍により、面白そうだということで目をつぶっていただけました」

「そうか。ご苦労」

そう言って白馬を労うと、母は猫に向き直る。

左右で瞳の色が金色と青色に輝き、白い毛がふわふわと風になびく綺麗な猫だった。

「久しいな、白尾。400年ぶりか」

母の笑みに、白尾と呼ばれた猫はにっと笑い返してからしっぽを振る。

「にゃおうん」

「相変わらずだな。人型にならんと喋らんつもりか」

「白尾ちゃん!?」

苦笑した母の後ろから、13代目秀元がひょいっと猫を覗き見て目を丸くさせた。

「なんや。理に触れたとかで、消滅したんとちゃうんか?」

「にゃにゃん!」

白猫を見て驚く秀元と、同じく秀元を見て驚く白猫。

それを見て、母様が苦笑する。

「白尾や。それでは話が始まらぬ。人型におなり」

言われて、猫は前足をぺろぺろと舐めた後、溜息を一つついてからくるりと宙返りをうった。

と、次の瞬間現れたのは長身のふわりとした白い髪を横に束ねた着物姿の男の人。

「ほう。その姿は珍しいな」

猫が人に、変わった…

私の驚愕をよそに、猫だった男の人はにんまりと笑う。

「私とて、久しぶりの現世でな。どうせなら愛しい男の姿で過ごしてみようかと思っておったのよ」

訳の分からない私を置いて、男の人は秀元に向き直る。

「秀元!懐かしいのう。なんで400年も経ったのにお前がおる?」

「ボク?ボクな、これ、式神なんよ」

「ん?」

そう言った秀元をじーっと見つめた男の人はああ、と頷く。

「なるほどな。破軍か。まぁ、人が400年も生きてるわけもないしのう」

「そう言う白尾ちゃんやて、大阪城のときに理に触れたから罰せられたんやなかった?」

「ふむ。…まぁ、本来消滅するところを高淤加美の奴がいち早く高天原に神使を送ってな。なんとか天照に情状酌量を貰い受けたのよ。全く余計なことをしおって」

ふんっと鼻を鳴らした男の人を母様がぱしんと叩く。

「お前ときたら、恩を仇で返す気か?ま、もともとお前には月詠の右目と天照の左目があるから高天原の神々も最初から消す気はなかったみたいだがのう」

「何を言うか!代わりに私が受けた罰はスサノオの飼い猫になることだったのだぞ!あの大の猫好きに400年間も無理やり肉球をぷにぷにされ続けた私の気持ちがわかるか!」

シャーッと髪を逆立てる男の人の言葉を聞いて、母様は腹を抱えて笑いだす。

「あの乱暴者に400年も飼われてたのか!それは傑作じゃのう!はっはっは!」

そんな母様の袖を遠慮気味に私は引っ張る。

「は、母様…。すいませんが、そちらの猫…男の方、はどちら様ですか?」

「ん?ああ、すまん。おい、白尾。見よ!我の子じゃ!」

そう言って母様が私を、男の人の前にぐいっと出す。


「え、えっと…。その、初めまして。高淤加美神の娘の夜護淤加美と申します…」

母様と渡り合ったり、高天原の神々の話をしているのだから高名な神様なのだろうと、少しどきどきしながら言うと、男の人が私をじーっと覗き込む。

「…」

「…あ、あの」

しばらく何も言わずにじっくりと見られて、沈黙が苦になったところで声をだした瞬間

「にゃはは!そんな畏まった名前で名乗らなくても良いぞ、水姫」

「、え?」

突然名前を呼ばれてびっくりする。

この人が来てから水姫って名乗ったことあったっけ?


首を傾げてると、母が肩をぽんっと叩く。

「水姫、こやつは白尾と言ってな。二千年以上生きてる猫神よ。母のかつての親友で、そして、お前の名付け親じゃ」

「へ?」

言葉がうまく飲み込めない。

名づけ、親…ってなんだったっけ…?

え、名前をつけてくれた、人…?私の…?

な、名づけ親ぁああ!?




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