とあまりよっつ


怒りに我を失った龍は、雷雲を呼び、神も仏も遭遇してはならないといわれる土蜘蛛を完全に圧倒していた。

しかし、土蜘蛛が倒れたあとも龍の怒りは収まらず、伏目稲荷は雨のように降る雷によって火の海へと姿を変えていた。

まさに、地獄絵図。


もともと龍が護っていたはずの奴良組百鬼夜行も関係なく荒ぶる龍の怒りに、ゆらや竜二も逃げ道を失っていた。

そのときだった。


―パンッ パンッ


乾いた柏手が二回響いた瞬間、空間がぱっくりと割れて、そこに龍が吸い込まれた。

それとともに雷雲は消え、残ったのは燃え盛る炎。

「やれ。盛大にやったもんだね。黒馬、ちょいっと力を貸しておくれ」

頭上から聞こえたその声とともに、再び雨が降る。

それは、先ほどの強く荒ぶる雨ではなく、炎を鎮める慈雨だった。

やがて、炎は鎮まり、その場に一人の美しい女性が舞い降りる。

「土蜘蛛には手を出すな、と前に教えたんだがね。…土蜘蛛、これぐらいで死んだりはしていないんだろう?」

女性の言葉に、倒れていた土蜘蛛が勢いよく立ち上がる。

「これぁ…懐かしぃーなぁ。貴船のじゃねえか」

雷に打たれたはずの土蜘蛛は何事もなかったように起き上がり、女性を見る。

「ったく。あんたが封印されてたおかげで、少しの間京は平和だったんだがねぇ。うるさいのが起きてきたもんだよ」

「言うじゃねえか、貴船の。オレぁ、まだあんたと決着つけてないぜ?」

土蜘蛛と普通に会話をするその女性を当然誰もが驚き、息をのんで見守っていた。

「馬鹿言うんじゃないよ。毎回、我が逃がしてやってるんじゃないか」

その言葉に、土蜘蛛はふんっと鼻を鳴らす。

「まぁ、今はあんたはいいんだよ。オレぁ、さっきの龍と戦ってたんだが、あいつをどこへやった?」

その言葉に、女性は豪快に笑う。

「あの子かい?あの子を気に入ったのかい?」

「ああ。強ぇ奴は好きだ。まだまだ戦いたりねぇんだよ。さっさとあいつをこっちに戻しやがれ」

「はっは。龍といっても我とでは話にならぬものな。子龍があんたには相応しいか」

「ああ?貴船の。それ以上喧嘩売るようだったら買ってもいいんだぜぇ?」

ドンッと畏れを放つ土蜘蛛に女性は肩をすくめる。

「嫌だね。我はもうあんたとの戦いには飽きた。…だが、あんたはもうすでに喧嘩を売っちまったのさ。我よりももっと厄介な奴にな」

「あん?何のことだ?」

首を傾げる土蜘蛛にに女性はにやりと笑って後ろの空間の裂け目に目をやる

「あの子は必ず、あんたにまた挑みに行くじゃろう。何せ、あの子の一番大事なもんにあんたは手を出しちまったんだ。ただでは済まないだろうね」

そう言って、女性は空間の裂け目に入っていく。

「首を洗って待っておることじゃな。…我の子は恐ろしいぞ?」

くすり、と笑って空間が閉じた。







「子?あの龍は貴船の子か。なるほどな。空腹のオレにゃあぴったりだぜ。…んで?そいつの大事なもんってのは…お前のことか?」

ぎろり、と土蜘蛛が倒れた雪女を抱えているリクオに目を向けた。

「まだ生きてたとはぁ。まぁ、お前のことをあの娘が必死に庇ってたからな。龍に姿は変えたが、相当の深手を負っただろうなぁ」

にやあっと笑った土蜘蛛の言葉に、リクオが肩を震わせる。

「…ざけんな…これ以上、オレの大事な奴らに手ぇ出すんじゃねぇ!!」

―ドンッ

「リクオさま…!」

「ちょ…、人間に戻ってない!?」

その言葉に、竜二が空を見上げる。

「封印だ。ここらは妖気が完全に晴れた」

「え…そんなっ!奴良くん…人間の状態で土蜘蛛に突っ込む気!?無茶や!!」

そんな周りの声を無視してリクオは土蜘蛛に刀を走らせた。

そして―



「ム」



リクオの刀が土蜘蛛の指を切った。


その傷口から妖気があふれ出す。


「なんだ…こりゃ」

土蜘蛛がリクオに攻撃を仕掛けるが、それをリクオはぬらりとかわす。

さっきまで通じなかったリクオの畏れが、土蜘蛛に効いていた。

「うおおおおぉおお!!」

リクオがそのまま攻撃を畳み掛けるが

「調子に乗るな」

一瞬にして、再び土蜘蛛に吹き飛ばされてしまった。







そして、静かになった伏目稲荷。

「飽きたな。帰るか。そのうち、またあの龍の娘が来るみてぇだしな」

ふうっと息を吐いた土蜘蛛は切られた小指をくっつくてくるりと向きを変えたとき

「こんな…ところで…負けられるか…」

消えかけの、しかしはっきりとその声が土蜘蛛に届いた。

「……なんなんだ、おめー。なぜ壊れない!?」

確実に、壊したと思った百鬼夜行。

なのに、まだ立つその姿に土蜘蛛はにやりと笑った。


「おい、お前…やるじゃねぇか」

血まみれで、刀で体を支えて立っているのがやっとのリクオに土蜘蛛は話しかける。

「あいつといい、いい暇つぶしになりそうだ」

そして、倒れている雪女を拾い上げて背中を向ける。


「オレは相剋寺ってとこにいるぜ。来いよ。自慢の百鬼夜行と…あの龍の娘を連れてな…」


それが、水姫が現世と離されていた間に起きていたこと。





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