とあまりふたつ


「な、に…これ」

立ち上る妖気がはれて、朝日が差し込む伏目稲荷にかつての面影はなく。

ここに行くと言っていたリクオの率いる百鬼夜行も見えず。

瓦礫の上で煙管を吹かすは、大きな一匹の妖怪。

それと、昔の着物を着た男。

ふわりと舞い降りた私をその妖怪と男がちらりと見る。

「あんたは…」

ぴりぴりと張りつめた空気の中、男が私を見て僅かに目を見開くが、それを遮り私は妖怪に近寄る。

「百鬼夜行は…リクオは…どこ?」

「ああん?」

煙管を口から離して、妖怪土蜘蛛は白い煙を吐く。

「百鬼夜行はオレが“破壊”したぜぇ」

「は…かい…?」

言葉がうまく飲み込めない。

この妖怪は何を言っている?

「リクオは、どこ?」

ざっとさらに一歩土蜘蛛に近づいた私を、男が手で前を塞いで止める。

「やめとき。誰か知らんけど、今の土蜘蛛に近づいたらアカン」

「そんなの…知らない。リクオは、どこ」

誰のどんな言葉も右から左に流れる。

そんなことが聞きたいんじゃない。リクオが無事かどうかを聞きたいんだ。

「リクオはどこ行ったの!?」

土蜘蛛に大きく吠えると、土蜘蛛がぎろりとこっちを見下ろす。

「…うるせえ奴だなぁ。そこの陰陽師と一緒に潰してやろうかぁ?お前は知らんが、そこの陰陽師は潰し甲斐あるしなぁ?」

そう言って、土蜘蛛がこちらに向きを変えたとき。


「そいつに手ぇ出すんじゃ…ねぇよ」

―ガラ…ガラガラ

瓦礫の一角が崩れて、リクオと百鬼夜行が姿を現した。


「リ、クオ…!」

生きてた。

生きてた…!

安堵からか、目から暖かい涙が流れ落ちる。


「よかった…!」

ほっとして、がくっと地面に膝をつけた私を見て、リクオがにっと笑う。

「何の心配してやがる。オレぁ、こんなところで負けねぇよ」

その言葉が、ほんわりと冷えた胸を暖めてくれる。

しかし、そんな私の横で男がぐっと拳を握りしめた。


「…あかん」

そんな呟きは私にしか聞き取れず。

「立ってくるたぁ〜、いい度胸だよ!もっともっと楽しませてくれ!!」

土蜘蛛がにたりと笑ったその姿に私は唖然とする。

見たことがない。

こんな、“怖い”妖怪を私は見たことがない。


「待って…」

喉からはかすれた声しか出ず、戦いに身を投じたリクオにこの声は到底届かなかった。

リクオが鏡花水月で土蜘蛛の認識をずらしたが、それを土蜘蛛が一瞬にして破る。

「や…めて…」

さっき暖まった心が急激にまた冷える。

体がかたかたと震える。

“視えた”のだ。

脳裏に、血を吐き、動かないリクオの姿が。

動け!私の体!

“未来”を変えることが出来るのは、私だけ…!!


「それ以上!リクオを傷つけるな!!」


リクオを手に持ち、殴り続ける土蜘蛛のもとまで一瞬で飛び、意識を失っているリクオを抱いて水の膜を張る。

―パァンッ

拳が水に弾かれて、土蜘蛛が首を傾げる。

「ん?てめえ…妖怪じゃあねえな?」

一瞬で見抜いて、さらに笑う土蜘蛛。

「ほう。なかなかどうして。こんな上玉とやれるのは久しぶりだぁ。嬉しいねぇ」

そして再び手を振りかざした土蜘蛛。

次の瞬間


ぱん、と乾いた音が響き渡る。

今度は弾かれたのでなく、水の膜が破れる音。

え…?

目を見開く私に迫るは土蜘蛛の拳。

なぜ、妖怪に私の業が破れる…?


殴られる痛みと、どこか分離したように疑問が頭を埋め尽くす。

どうして?

痛い…

なんで?




地面に叩きつけられた私にさらに拳が降る。

パキパキ…と面にひびが入る音がした。

せめて、リクオは…

リクオを抱いたまま身を丸めて、リクオの身を攻撃から護る。


「てめえ!夜神とリクオを…!」

「リクオ様!」

淡島達の声が聞こえる。

朦朧としかけた頭で淡島を探す。

「夜神ぃい!何やってんだ!お前がそんなに弱いはずねぇだろぉお!?」

あはは、淡島に怒られてる。

情けないなぁ、私。

これで夜神とか笑えるよね。


ごめんね。
ありがとう、淡島。

私は、負けるわけにはいかないよね。

だって、“神様”だもん。





そして、中から溢れるような初めての“怒り”に私は身を任せたのだった。







「なんだ。せっかく強ぇ奴だと思ったんだが、これ程度か」

ゆっくりと土蜘蛛の拳から離れた瓦礫には、血に染まった羽織りが見えた。

動くものは、ない。

「さぁて。次は誰にしようか」

そして、選ばれたのは

「お前…うまそうだ」


雪女、冷麗だった。






「待て!!誰がやらすか!!」

「下がれ冷麗!!」

遠野勢が慌てて援護に迎うが、間に合わない―…

その瞬間


―オオオォオオオオオオ!!


「!?」

「なんだ!耳が…!」

「頭が割れそうだ…!」


思わず誰もが耳をふさぎ、動きを止めた。

そんな中、八本あるうちの二本の手で耳を塞いだ土蜘蛛が音源を探す。

その音は、声は。

自分が壊したはずの最初の獲物がいたはずの場所。

しかし、そこにいたのは目を怒りに赤く染めた金色の竜。

「―…ユル…サナイ…」

うなり声の合間に僅かに聞こえる言葉。


「あれは…黄竜…!?あかん、あの竜、怒りで自我を失っとる」

秀元が冷や汗をたらす。

「荒ぶる竜と、土蜘蛛…。最悪や。どっちが勝っても、この場にいるものは無事じゃすまん。竜二…。作戦変更や。祢々切丸を回収する」

「なっ…!」

その言葉にゆらは反発するが、その言葉は竜のうなり声に掻き消される。

「最悪な状況は避ける。竜二頼むで。ゆらは逃げろ」

秀元はそう言って竜と土蜘蛛を見上げる。

正直、秀元が生きていた間に完全に変化した竜を目にしたことはない。

空には暗雲が立ち込め、雷がごろごろと鳴っていた。

「…まずいで」

空気が咆哮で震えるなか、秀元の声がころりと転がった。





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