とあまりひとつ



「分かるでしょ?あなた達の行動は妖の領分を超えてるのよ。だから、話しに来たの。何故、完全な闇でなくてはならないのか。光があるから闇がある。光がなくちゃ、闇もないのよ」

私の言葉に、再び羽衣狐は椅子に腰を下ろす。

「狂骨、もう一つ椅子を」

彼女はそう言って、私の分の紅茶を淹れて用意された椅子を示す。

「座るがよい」

言われて、私は大人しく椅子に腰をかけた。

それを見ながら羽衣狐は私の言葉に答える。

「では、逆に問うが。今の世は明るすぎると思わぬか?陰と陽の調整じゃと?ならば、この明るすぎる世を抑えるために少しでも人を減らしてみてはどうじゃ。ふふ。出来ぬじゃろう?ならば、それをわらわ達妖自身でやるしかなかろう」

「…確かに、今の世は利便を追求し、人は畏れという感情を失いつつあるわ。それは神に対しても同じ。どちらが先に領分を超えたのかと問いたい気持ちはわかる。…だが、共存を考えることは出来ないの?闇か光か一方だけが生き残れるなんてことはあり得ない。そんなこと稚児でも分かる」

「ふふふ」

私の言葉に、羽衣狐はまたも笑う。

「稚児はおぬしの方じゃろう?では、妖怪と共存を考える人間がどこにいる?妖は闇だ、悪だとわらわ達が譲歩すればその分だけ遠慮もなしに踏み込んでくるのが人間というものじゃ。…そう。自分の欲のためだけに。これ以上は譲れるものか。わらわは“やや子”を産むのじゃ。愛しい晴明にもう一度…」

「お姉さま!」

「晴明…?」

私の言葉に、京都を見ていた羽衣狐がはっと我に返る。

「ふむ。口がすべったのう。なんとも…不思議な奴じゃ。ここまで話す気はなかったんじゃが。まぁ、いい。母が子を産んで何が悪い。千年前に、わらわは欲深な人間に殺された。信田の森で。不本意に引き離されたわらわがもう一度晴明に会いたいと望むのは愚かか?愛しき我が子の望みを聞いてやりたいと思うことは悪なのか?」

「な、んの、話…?」

晴明、は有名な陰陽師。

晴明の母が、千年前の羽衣狐…いや、信田の化け狐…?

では、弐条城で羽衣狐が産もうとしているやや子、は晴明?

「つまり、晴明が闇の世界を望んでいる?」

彼は、闇を祓う方の陰陽師ではなかったのか?

私の言葉に、羽衣狐はうっそりと瞳を細める。

「晴明は気付いたのじゃ。本当に美しいものに。闇が光を秩序を持って支配する。これはお前の言う“共存”ではないのか?」

「闇が、光を支配する…秩序?支配されているうちに共存なんてものはない…!確かに、人間は醜い面も持っているが、それは人間も神も、妖怪も同じこと…!必ずそのうちに陰と陽を持っている!妖怪だけが穢れのない美しさだと?本当にそう思っているのか!?」

思わずテーブルを叩いて立ち上がった私を、羽衣狐は感情の見えない目で見る。

「では、どうするつもりじゃ?この世は汚すぎる。それをお前がどうにかするのか?神ならなんでもできるのか?」

その言葉に、テーブルを叩いた手を握りしめる。

「私、一人では…!何もできやしない!神は傍観者だと、母は言った…!この世を変えることすら許されぬのだと…!」

吐き出した私の言葉に羽衣狐はさも可笑しそうに笑う。

「素直な言葉じゃ。それなら…」

「だが!」

羽衣狐の言葉をさえぎって私は羽衣狐をきっと見る。

「では、何を持ってこの世とする?人と妖と、神と、この世に生きる全てのものが作るのがこの世だ。この世を生きるひとつひとつの命がこの世をつくるんだ。秩序なんてこの世にはありえない。たくさんの命が皆必死に生きて、あがいて、ぐちゃぐちゃになって出来上がるのがこの世なんだよ。羽衣狐、貴女に…、晴明に、この世は変えられない」

「ほっほ。戯言を…。わらわは千年転生してこの世を見てきた。いつだって、人は愚かで醜く欲深い。まだ若いお前に何が見えている?」

「あなたは…、あなたには人の醜い部分しか見れない千年を送ってきたのか?私は、確かにまだ少ししか生きていないが、それでも人の優しいところを見た。妖怪の醜いところも見た。千年生きてて、なぜ分からないの…!?永遠の美しさなど美しくなどない。一瞬の儚いものにこそ美しさは宿るんだ」

そのときだった。


―ぞくり


「な、に…?」

背後から寒気がして振り返った私に、羽衣狐はああ、と呟く。

「土蜘蛛か。どうやら美味そうな百鬼夜行を見つけたらしいな」

「土蜘蛛…?」

「ああ。なんじゃ、知らぬのか?」

知って、いる…

しかし、その妖怪は400年前に13代目秀元に封印されたと、母様が…。いや!封印された、とはもしやらせんの封印のことか?
羽衣狐が、やつを解き放ったのか。

もしも出会ったら神も仏も手を出すな。

母様の言葉。これが意味するのは…


「百鬼夜行の…全滅…」

リクオ…!


「おや。もう行くのか?」

テラスの手すりから飛び出た私に、羽衣狐が笑う。


「夜神、か。少しは楽しかったが、話はどうやらわらわとは合わんようじゃの」

「…そうは思いません」

「ふふ。まだ言うか。お前、神の中でもかなりの変わり者じゃろう?」

その言葉に、私は振り向いて面をつけた。


「さぁ。何しろまだ他の神にあまり会ったことがないもので。また、ゆっくり話しましょう」

そう言って私は欄干を蹴り上げ、宙をかけた。
リクオのいる伏目稲荷目指して。





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