とお
「妖の棲みよい世界。それが羽衣狐、貴女の望むことか」
狂骨には目も向けずに、面を通して私は羽衣狐を静かに見る。
それに、羽衣狐はうっすらと笑って見せる。
「さて。どうかのう」
「では、貴女は何を望んでいる。何が目的か」
そう問えば、一瞬羽衣狐が目を細めてからくすくすと笑いだす。
「?」
訳が分からず首を傾げれば、羽衣狐は笑いながら私を見る。
「なるほど。そちがあやつの主か」
「あやつ…」
「獏、と名乗っておったか」
「はぁ?」
獏の名前が出てきたことに私は思わず素っ頓狂な声を出して座っていた手すりからずり落ちる。
「なんであんたが獏のこと、知ってんの?」
思わず素で本気になって問い返したら、羽衣狐は一層笑いを大きくする。
「ふふふ。それがそちの本性か。見れば、まだ若そうじゃのう。無理に高くとまらずとも良いものを。それとも神というものはそうであらねばならぬと教え込まれたのか?」
「う、いや、それは…、って!なんで私のことまで知って…?」
神ということを簡単に見抜かれて、動揺が大きくなる。
そんな私と羽衣狐を、狂骨はぽかんとして横から見ていた。
「そうじゃのう。まず、おぬしの最初の質問に答えてやろうか。お前の神使にはこう言った。わらわの目的はこの世を、わらわの好きな闇色に染めること、とな」
「…本当は?」
「おや?信じておらぬのか?」
くすりと笑う羽衣狐を見ながら私は、はあっと溜息ついた。
「ああー、もう!やめやめ!つまらない芝居はやめた」
私は自分の顔を隠している白い面に手をやり、それを外した。
パサリ、と衣が落ちる音がした。
「なんのつもりじゃ?」
いぶかしそうに私の顔を眺める羽衣狐に私は頭をがしがしと掻く。
「こんな腹の探り合いがしたくてきたわけじゃないってこと。反対よ、反対。腹割って話しにきたの、私は」
「ほう」
面白そうに羽衣狐が呟く。
「要するにね、あなた確か今京都のらせんの封印を解いて、最後の弐条城も目の前ってわけね。そりゃ、ずっと封じられてきた京の妖達は喜び勇んで人間どもを襲いまくってるわ。これ以上やる必要ある?貴女の望む妖の棲みよい世界はそれで十分なんじゃないの?」
「…」
何も言わずに私を見つめる羽衣狐の瞳からは感情をうかがえなかった。
それに私はくすりと笑って見せる。
「代わりに貴女の答えを言ってあげようか。答えはノー。貴女は弐条城でやや子を産むつもりでしょう?400年前のように。それがあなた達の宿願。違う?」
「ほう。さすが、侮れぬな。そこまでわかっているのか」
その言葉に私は肩をすくめる。
「ほとんど勘だけどね。400年前のことを知ってれば、まあ、普通わかるわ。その“やや子”が産まれたその先にあるのが完全な闇の世界。結局、さっきから貴女が言っているのはそういうこと。だから、力を蓄えるために生き胆を喰らう」
「そこまで分かっていて、何をしに来た?わらわを殺してやや子を産むのを止めるのかえ?」
カチャリ、とティーカップを皿に置いて羽衣狐が初めて立ち上がって私と対峙した。
「そうじゃのう、神の生き胆なぞ滅多に手に入らん。さぞ、美味じゃろうて」
うっそりと笑う羽衣狐に私は再度ため息をついた。
「…確かに腹割って話すとは言ったけど、本気で腹割る気は私にはないわよ」
「…」
一瞬私たちの間に沈黙が落ちて、その後羽衣狐の方がふるふると震える。
「お、お姉さま…?」
狂骨が心配そうに呼びかけるが、羽衣狐はそれに答えず、腹に手をあててくつくつと笑い始めた。
「面白い。ほんに面白いのう。よかろう。話を聞こう。そちは何の神じゃ?他の神の誰もが介入してこない中、どうしておぬしだけ我ら妖怪に関わる?」
それに、にこっと笑って私は一つお辞儀をする。
「私は夜護淤加美神。略して夜神。陰と陽の調整を任された者です」
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