ここのつ
「は、母様は…」
船から降りて改めて洛北の貴船山方面を見るが、母様の神気は感じ取れない。
ぐっと唇を噛みしめたとき、後ろからぽん、と頭に手を置かれて私は驚いて振り向く。
「リ、クオ…」
リクオも、妖気渦巻く京都を鋭い瞳で見つめながら私の背中を押した。
「行きな。お前にはお前のやることがあんじゃねぇのか?」
「あ…」
そうだ。私は、まず会わなければならない。
羽衣狐に。
リクオがふっと笑って私を見る。
「オレ達は白蔵主が言っていたように、まず伏目稲荷に向かう。お前とオレ達はやることが違う。そうだろ?」
自信満々に言ってくれるリクオに、私はつい苦笑をもらした。
「やはり、私はまだまだ至らないな。リクオの方が私のことをわかってるみたいだ。…ありがとう。いってくる」
「ああ」
頷いてくれるリクオに私は思わず抱きしめた。
「!?」
なんだろう、この気持ち。
不安と愛しさとない交ぜになった感情が私を突き動かしたのだ。
「リクオ、気を付けて」
面をずらしてリクオの耳元で囁いて、私は空を蹴った。
どうか、願わくば誰も傷つかぬよう。
どうか、リクオが無事に進んでこられますよう。
見えない未来に、情けない神頼みをした。
「…やってくれるじゃねぇか」
そんな私の後ろ姿を、そう呟いて見送っていたリクオの優しい視線を私は知らない。
空を翔けながら私は意識を集中させる。
こういう場面で見せてくれなければ、目覚めた遠見に一体どんな価値があるというんだ。
羽衣狐が今どこにいるのか、映し出せ…!
「羽衣狐様、とても良い景色ですね」「!」
どこぞの屋敷のテラス。
一人の少女と、黒髪の美しい人。
見たことはないが、捉えた。漆黒を身に纏った女、あれが羽衣狐。
「狂骨よ」
黒い妖気が立ち上る景色を背景に紅茶を飲みながら羽衣狐が口を開く。
「はい、羽衣狐様」
問われた少女、狂骨はまっすぐな瞳で目の前の羽衣狐を見上げる。
「おぬしなら京を支配したあかつきにはどういう妖の世を作る?」
ティーカップを持ちながら、一瞬の空白の後狂骨は楽しそうに話す。
「それは―もちろん京は美しい街にございますから…今の建造物を壊し趣あるものだけを残します。人間も多すぎますね。くだらぬ人間どもは極力減らし妖怪の棲みよい街にかえます。きっと楽しい世界になると思いますよ!」
拳を握って熱く語る狂骨に羽衣狐はくすりと笑う。
「楽しそうじゃのう。子供は素直じゃ」
「そして、些か無邪気すぎるようね」
―カチャッ
驚きで狂骨の手から落ちたティーカップが、受皿に落ちて大きく音をたてた。
「な、何奴!!」
ガタリ、と音をたてて立ち上がった狂骨と、怪訝そうに眉をひそめて、なお冷静な羽衣狐の目の前。
テラスの手すりに、ふわりと音もなく薄青い衣が舞った。
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