やっつ


「おい、おい!」

呼びかけても反応のない水姫を抱き起したリクオだったが、その背後から激しい羽音ともに、敵襲の声を聞く。


「どこの船だ!?月も沈んだ夜明け前、命知らずが迷い込んだか…?」

すでに宝船は数多の天狗に囲まれていた。

それに、リクオは舌打ちをする。

「どうやら…着いたようだな!京妖怪のお出迎えだぜ!…鴆、こいつを頼めるか?」

腕に抱いた水姫を見ながら言うと、鴆は頷く。

「任された。神が相手じゃオレの薬は通じねぇかもしれねえが…とりあえず安全なところに運んでやる」

その言葉に、リクオは小さく頷いて水姫を鴆に渡して敵を見上げたのだった。





―…て!

―…助けて!


な、に…?

なにこれ…!?妖怪!?

やめて…!やめてーー!!


ずきり、とまた頭が痛んだ瞬間、脳裏にさぁっと鮮やかに景色が浮かび上がる。

京都の裏通りだろうか。

子供を抱えた母親が、妖怪に…!


「助けて!誰か…!」


待って!
今いくから!

妖怪が親子に爪を伸ばす。

助けたいのに…!
今、人が襲われるところが見えているのに…!

「いやあぁあああー!!」

赤く、目の前が染まった。



「うっ!」

まだずきずきと痛む頭を手で押さえて、私はゆっくり目を開けた。

「ここ、は…」

「おう、起きたか」

うまく焦点が定まらない瞳で、私は目の前の男を見る。

「鴆…」

呟くと、鴆は安心したように肩の力をふっと抜いた。


「お前、覚えてるか?突然倒れたんだぜ?」

言われて、私は横になったまま右手を上にかざす。

まだ、耳には声が。瞼の裏には妖怪に襲われる母娘の姿が映っている。

届かなかった、この手をぎゅっと握りしめて私は歯ぎしりをする。

「また、私は…至らない…!!」

多分、今のが瀬織津姫命が言っていた、遠見。

だが、それのどこが役に立つものか。

見えていても、届かない。

届かぬぐらいなら、見えぬ方が…!

その時だった。

みしみし、と船が嫌な音を立てて大きく揺れた。

「な、に…」

音は大きくなり、床が傾く。

「ちっ。さっき、京妖怪の襲撃があって、今リクオが戦ってんだが…!この様子じゃやべぇな!おい、立てるか!?」

聞かれて、私は頷く。

今は、届かぬものに想いを馳せるよりも、はやくこの惨劇を終わらせなければ。

人も、妖怪も愛おしい。

両者の共存を保つためにも羽衣狐を、とめないと…!



そうして、鴆と宝船の甲板に出て思わず目を見張った。


「こ、れは…!」

京都が完全に闇に飲み込まれ、朝を迎えているのにも関わらず立ち上る妖気。

母様は…!

慌てて貴船の方へ視線を走らせるが、立ち上る妖気で山が見えない。

京都の神々はこの妖気のなか、どうしているのか。

疑問と不安を抱えながらも、私は船の状態も素早く把握する。

「まずいな…」

このままだと、宝船は墜落する。
いや、もうすでにほとんど落ちている状態だ。

おまけに京妖怪の襲撃で奴良組の妖怪達は手が回っていない。

唯一、首無が宝船の船体が分解するのを抑えているが、それすらも間に合わない。

すうっと息を吸って、私は静かに目を閉じる。

集中しろ。

さっきみたいに力が暴走したら、それこそ船の崩壊に拍車をかける。

静かに、優しく包み込むように。

頭の中でイメージしながら私は船体を水の膜で包んでいく。


「…よし」

唯一、水の膜の内側から船を締め付け、破壊しようとしていた妖怪が誰かにやられたのか、消えた。

これで分解はせずに済むはず。

あとは…


「川だ!!川があるぞ!!」

リクオの声に、私はよし、と胸をなでおろす。

奴良組の妖怪達ももちろん思っていることは一緒だろう。

鴨川へ不時着させれば、被害は最小限に抑えられる。



―ザアァアアアッ


着水はした、が船の勢いが強すぎて川を曲がりきれない…!

「「おしまいだぁああ!」」

イタクも首無も精一杯やった。

その時、後ろから舌打ちが聞こえて私は振り返る。

「猩影か。援護しよう」

「…」

返事はなかったが、面を被った彼とともに私は船から飛び降りる。


―ザシュッ

川に飛び降りた猩影は真正面から船を両手で止めにかかる。

もちろんそれだけでは危ういから、私は鴨川の水を使って大きな水壁を作った。

自分で出す水よりも、やはりもとからある川の水を使った方が威力は遥かに勝る。

―ザザザァアッ

天にも突くほど高く、何者も通さぬほど厚く。

力の制御も出し惜しみもしない。

そしてちらり、と船の上の冷麗を見れば、彼女は私の意図が分かったように、はっと頷いて氷の息吹を出してくれた。

―ビュオオオォオ


すさまじい冷気とともに、私の水の壁が固まり、強固な壁となって猩影と船を止める。

「と…とまったぁあーー!!」

そして、無事、ようやく京都に私たちは入ることができたのだった。




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