ななつ


「止めるたって、お前ぇ…」

鴆が、どうする気だ、と聞く前に衣を羽織った不思議な神様はふわりと目の前から消えてしまった。

次の瞬間


―バシャアッ


「な、なんだ!?」

「雨か!?」

「うわぁ!雨どころじゃねぇ!溺れるぞー!」

船の甲板は湖と化してしまっていた。

「やべ。やりすぎた」

空中で手をかざしたまま私はちろっと舌をだす。


ちょーっと二人の頭を冷やすために水をかけてあげようと思っただけなのに、思いのほか強く力を使ってしまったみたいだ。

すでに空に浮かぶ船は沈没状態。

妖怪達はてんやわんや。

泳いだり、溺れてたり。

なにか、あの日、黄竜になってから力の加減が難しい。

そんなことを下の参事を眺めながらぼんやりと思っていると、船の中から本家妖怪達も何事かと出てきた。

その中にはもちろんリクオの姿も。

「なんだこりゃ!?」

目を見開くリクオと面越しに目があって私は片手で謝る。

「ごめん。私がやった」

「は?」

目を点にするリクオを見て私は苦笑する。

さすがに京に着く前にリクオの百鬼夜行を溺れさせたんじゃリクオに顔向けできない。

「ほいっと」

手をくいっと上に動かすと、私の意思通りに空中に舞いあがる水。

それをそのまま水の塊をふよふよと頭上に浮かせながらイタクと首無を見る。

「あのー、頭冷えました、がっ!!」

―ゴツーンッ

二人に声をかけ終える前に、何かが激しく私の頭に当たって思わず変な声を出してしまった。

「くるあぁあああ!てめえなぁ!加減ってもんを知れ!京に着く前にぃいーー!?船沈んじまうだろーーが!」

「うう…。鴆…」

涙目で振り返ると、鬼の形相の鴆。

どうやら彼が私に竹筒をぶつけたようだ。

そして、その中身はそのまま首無とイタクにパシャッと降りかかった。

「え!?」

驚く首無に、鴆は屋根から飛び降りて啖呵をきる。

「安心しな首無!!そいつぁーオレの毒じゃねぇ!ただの傷薬よ!!それで終い!これ以上味方同士の傷にゃつける薬はこの鴆もちあわせてねーんだ!おまけにこれ以上この神さんの暴走もおさえるこたぁーできねーぜ!」

―ガンッ

見事な啖呵をきった鴆を無言で殴ったのはリクオ。

体が弱いからとわざわざ置いてきたのについてきた鴆に怒るリクオと、置いていこうとしたリクオに怒鳴る鴆。

結局は鴆にリクオが言いくるめられてたが…


「駄目だよー。任せてくれときゃよかったのに」

鴆の後ろに降り立ち、彼の背中をぽんっとたたく。

それに、鴆がものすごい形相で睨んでくる。

「ふっざけんな!てめえに任してたら今頃この船は空で沈没するところだったんだぞ!」

「へへ、ごめん。ちょーっと水かけるだけのつもりだったんだけど」

笑ってごまかせば、鴆は溜息をついて首を振る。

横にいるリクオをちらりと見れば、彼も呆れたような表情でこっちを見ていたのでここは本気で反省しておこうと思った。

しかし、鴆の登場でイタクと首無の喧嘩は丸く収まったようだ。

いや、多分私の大洪水のおかげもあるよね。

あれがあったから二人ともびっくりして戦意喪失したんだよね。そうだよね。

自分に言い聞かせながら、鴆の背中に置いた手のひらに意識を集中させる。

ぽうっと誰にも見られないように鴆の背中が淡く光ってからすうっと消えていく。

…結局無理させたからなぁ。

少しでも長くリクオのそばにいたい、そんな切実な願いを叶えてあげることができるのならば…

そう思って鴆に力を注いだ、そのとき


―ズキンッ


「!?」

ずくずくと頭が割れるように痛んで私は思わず膝をついた。

「?おい、どうした?」

いち早く誰よりも私の以上に気付いたのは、リクオ。

「な、にこれ…!」

な、に…、この痛みは…!

内側からまるでガラスにひびが入るような痛みが走る。

ドクドク、と激しい動悸の胸を抑えてとうとう立っていることも出来ずに、私は倒れてしまった。

「おい!」

本格的に慌てたリクオの声が聞こえたけども、答えることもできずに私は意識を手放した。

その一瞬前、この宝船に敵襲の影を見ながら。




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