いつつ



「!あいつか!」

すかさず茨木童子が切り伏せに行こうとしたのを、羽衣狐が止める。

「待て。少し、面白そうじゃ」

うっすらと笑った羽衣狐に獏はわずかに眉をあげた。

「もう一度問うぞ。何奴じゃ。名乗れ」

その言葉に、獏は口元を少し上げてくるりと宙で一回転する。

そうすれば、フードを被った私服姿から本来の着物姿に。

中華風の羽織りと帯をはためかせて獏は羽衣狐を見下ろす。

「我は獏。大陸より来たが、今はとある事情でこの地のとある神の神使をしている」

ざわり。

獏の言葉に、京妖怪がざわめく。

「ほう。大陸から来たというのに、この地で神使とは…。面白い奴じゃ」

羽衣狐は、そう言って尻尾をゆらりと揺らす。

「して?その神使が何故わらわに手を出す?神の怒りに触れたのかえ?」

その言葉に、獏はうっすらと笑む。

「そんなところだ。羽衣狐。あなたのやろうとしていることは我が主の領分を犯す」

「ほう。神は我ら妖怪のやることなどに首を突っ込むほど愚かだとは思わなんだが…。いや、四百年前にも一匹いたか」

そう言って眉をしかめる羽衣狐は頭を一つ振って獏を見上げる。

「して、そんな酔狂な神とは?」

「…私が言うべきことではない。いずれ、本人が直接挨拶しにくるだろう」

「…ならば、なぜ今わらわに手を出した?」

その言葉に、獏は無表情で答える。

「主が出るまでもない相手なら私が先に潰しておこうかと思ったまでよ」

獏の言葉に、京妖怪たちが一斉に色めき立つ。

「おのれ!馬鹿にしおって!」

「殺してやるぞ!羽衣狐様、許可を!」


京妖怪たちの声に、羽衣狐は笑ってから自分の腕に刺さった針を抜いた。

「よかろう。誰ぞ、わらわに余興を見せてくれる奴はおるかえ?」

その言葉に、他の京妖怪を押しのけ立ったのは、茨木童子。

「俺がやる」

そう言った瞬間に、茨木童子は地を蹴り、獏へと刃を振るう。

それを獏は最小限の動きで避けてふわりともう一つ隣の屋根に音もなく降り立つ。

「茨木童子。、安時代に大江山を本拠に京都を荒らし回ったとされる「鬼」の一人。酒呑童子の最も重要な家来であった妖怪、か」

「へぇ…。よく知ってるじゃねぇか」

獏の居た場所が茨木童子の刀で大きな音をたてて崩れる。

それに、獏は無表情に肩をすくめる。


「まあな。多分、己自身さえ知らないことを、私は知っているぞ?」

「はぁ?」

獏の言葉に、茨木童子が顔をしかめた瞬間

―ガクンッ

「なっ…!?」

突然足から力が抜けて茨木童子が地に膝をつく。

「ほう。急所をついたはずだが、消えないか…。まだこれも決定的な急所とは言い難いな。これでは兄貴にまた馬鹿にされる」

刀にすがりつきながらなんとか立った茨木童子を見て獏は溜息をついた。

「てめえ…、何を、しやがった」

その言葉に、獏はついっと彼のひざ下僅か下のところを指さす。

そこには羽衣狐の腕に刺さっていたのと同じ針。

「いつのまに…!」

その針を乱暴に抜いて捨てた茨木童子の問いには答えず、獏は羽衣狐の方を向く。

「あなたも、体に異変を感じているはずだが」

その言葉に、羽衣狐はうっそりと笑う。

「ああ。先ほどから体が痺れておるよ。それが、お前の力か」

「普通なら“消える”んだが。まだまだこの地の妖は難しい」

珍しく、くつくつと声をだして笑った獏を羽衣狐はじとりと睨む。

「ほんに…ほんに、神というやつは気まぐれなくせしてわらわの邪魔ばかりをしよる。おとなしく自分の土地だけを護っていればよいものを」

そんな羽衣狐に獏は尋ねる。

「我が主の代わりに聞かせてもらおう。あんた達の目的はなんだ」

「ふん。神のくせにそんなことも分からなんだか。この世を、わらわの好きな闇色に染めてやることよ」

「…実に単純明快。だが」

獏は肩をすくめる。


「実に、幼い」



「なんだと!?」

またもわめく京妖怪達。

「私の知る百鬼の主は、色など一つにしたらつまらないと言うだろうな。全ての色を手にする、と。まぁ、別の意味で幼いとも言えるが、奴のほうが遥かに恐ろしく畏ろしい」

これは、この地の者のことではないが。

「そして、もう一つのやがて百鬼の主となるであろう者は…」

獏は脳裏に、まだ若く不安定でいながらもどこかみなを惹きつける魅力をもつこの地の者のことを思う。

「色など、関係ないと言いそうだな。自由で、色にとらわれることのない存在だからか」

獏はふっと笑う。

そいつが、百鬼の主にたった時、自分の夢がそろうのだ。

そうだ。

水姫としての神使としての立場ばかりで忘れかけるところだった。

それほど、水姫は影響力が強い。

己の思考をあいつ中心に考えさせられてしまう。

今ここでこいつらを倒すべきは自分ではない。

そんな簡単なことすら忘れてしまうほどに、あいつのために何かをしてやりたいと思っていた。

しばらく水姫と離れていたせいだろうか。

「まいったな。こいつは思ったより重症だ」

自分に苦笑して獏は京妖怪を一瞥して背を向けた。

「逃がすか!」

背後から聞こえた声と、肩に感じた痛み。

いつの間にか移動していた茨木童子の刀が肩に突き刺さっていた。

「すごいな。そこまで動けるか」

そう言って、獏は片手をもう片方の着物の裾に入れて針を数本取り出す。

「急所は外しておこう」

シュッとほとんど音もなくそれを後ろの茨木童子に突き刺せば、彼はぐらりと傾く。

そうしてから、肩に突き刺さった刀を自分で抜いて倒れて屋根から落ちる寸前の茨木童子と一緒に抱えて、こちらを睨む銀髪の妖怪に声をかける。


「これを頼む」

「…」

答えることなく、一瞬で近づいてきた彼に茨木童子を渡せば、そいつは乱暴に彼を肩に担いで獏を睨んだ。

それに獏は肩をすくめる。

「やめておけ。もうこちらに敵意はない。今はな」

そう言って、もう一度羽衣狐を見て獏はほんの少し笑った。

「挨拶は終わりだ。また逢うだろう。今度は我が主とともに」

「ふん。たいした挨拶じゃったが、わらわを止めることはできんぞ。たとえ、神であってもな」

その言葉を聞き終わると同時に、獏は姿を消したのだった。








「のう、胡媚娘よ。我が愚弟はまだ帰らんのか」

「ええ。ここ四百年さっぱり見ませんわ。貴方様から迎えに行けばよろしいじゃありませんか」

「…ふむ。確か、あいつは倭にいるのだったか。…観光にはちょうど良いか。一緒に行くか?胡媚娘」

「あら。私だけですか?」

「いやいや、水母娘娘や女夜叉も連れて行こう」

「…全く。また女妖しか連れて行かないおつもりですか?白澤様の女好きも困ったものですわ」

「堅いこと言うな、胡媚娘。妬いてるのか?」

「言っていることの意味がわかりません。そろそろ私の膝からどいてくださいませ」

―ドゴッ

鈍い音がして、胡媚娘と呼ばれた美しい女の膝に頭を乗せていた男が落とされる。

「いたた…!胡媚娘は短気だなぁ。短気は損気だぞ!もういい、儂一人で行ってくる!」

「どうぞお好きに」


これは、異国の地での同時刻の出来事。

それを、この地で知るものはいない。





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