とあまりいつつ
どろん、と間の抜けた音がして、私は思わず驚いて立ち止まる。
「ありゃ」
盛り上がって遠野の里の畏れを破って外に出た瞬間、夜リクオは人間のリクオくんに。
そして…
「な、なに…これ…」
私の手がふるふると震える。
目の前に現れたのはちょこんとした服着たイタチ。
「あん?なんだ、夜神」
くりくりのつぶらな瞳でイタチは私を見上げて睨む…けど。
「か、かわいい…!」
「はあ!?お、おい、ちょっと待て!」
思わず首をかしげるイタチを両手で抱えてぎゅうっと思いっきり抱きしめてしまった。
こう見えても私はかわいいもの好きだ。
とくにこんな小動物はたまらない。
「あらあら、イタクも夜神さんの前じゃ形無しね」
うふふ、と笑う冷麗に私は腕の中で暴れるイタチを無理やり抱きしめながら目を瞬かせる。
「え、これイタク、なの?」
「そうよ、昼間はイタチになっちゃうの。リクオも昼間は人間になるみたいだけど、それと一緒よ」
「へぇ…、あんなイタクがこんなイタチに…」
呟く私の腕の中から必死に抜け出したイタクは、隣で笑っているリクオに蹴りをくらわす。
「おい、リクオ!早く出発しねぇと日が暮れんぞ!」
「あ、そうだね。それじゃみんな行こっか」
リクオの言葉で皆が一気に走り出したなか、人間のリクオとイタチのイタクはどうしても遅れてしまう。
私はそんな二人の横に並んで、イタクをひょいっと抱え上げて、リクオの手を握る。
「よ、夜神さん…!?」
慌てるリクオに私はにっこりと笑む。
「人間の足じゃ皆に追いつくのは難しいでしょ?私が引っ張ってあげる」
「あ、ありがとう…」
そう言うと、リクオは照れたように頭を掻いて笑った。
「いえいえ、どういたしまして。リクオくん」
「…え?」
なぜか、私の言葉に目を丸くしているリクオ。
それに首をかしげた私の腕の中では再びイタクが暴れだす。
「てめ、離せ!俺は自分で走れる!」
「だーめ。イタクの歩幅どんだけ小さいのよ。言っておくけどリクオくんよりもイタクの方が遅いでしょ」
そう言えば、憮然としたままおとなしくなるイタク。
「よし、それじゃ行きますか」
私はリクオとイタクを連れて皆のあとを追ったのだった。
―ドゴォオオンンッ
突然の轟音に、本家の妖怪たちが敵襲かと慌て出すなか、私たちは奴良組本家へ到着した。
どんなにリクオの手を引っ張っても、人間のリクオはすぐ疲れてしまうから着くころにはすっかり暗くなってしまい、途中で抱えていたイタチがイタクになってしまったときは正直がっかりした。
冷麗に言わせれば、人型のイタクを抱えている私の姿はなかなかにシュールだったらしい。
「へ〜、ここが奴良組かい」
「やっとついたよ」
「とにかく奴良家到着だぜ!!」
淡島の言葉に、私は苦笑する。
主役であるはずのリクオよりも前に立っちゃダメでしょうが。
そこに、思った通り本家の妖怪…黒田坊が駆け付けて淡島となぜか喧嘩になるし、イタクは桜の木の上に登っちゃうし雨造と河童はなぜかほのぼのと仲良くなっているし…。
本家は混乱しまくっていた。
それを笑いながら見ていると、ふと屋敷の奥でぬらりひょんが私を見ているのに気付いて私はすっとその場を離れたのだった。
「どうでしたかい?遠野は」
ぬらりひょんの言葉に、私は笑う。
「楽しかったですよ」
そう返すと、ぬらりひょんは煙管をふかしながらはっは、と笑う。
「そうでしたかい。そりゃ、よかった」
「はは。それよりもリクオに会ってやらなくていいんですか?」
私の言葉に、ぬらりひょんは笑いを止めて真剣な目で私を見る。
「…水姫さん、あんたはこれからどうするんだい?」
「…行きますよ、京都に」
ふっと息を吐いて私は壁に背をあずける。
「羽衣狐の動きは明らかに許容できる範囲を超えている。陰と陽のバランスを壊すような行動を放っておくわけにもいきませんよ、夜神として、ね」
それに、ぬらりひょんは目を細めて小さく笑った。
「…神様も難儀なもんですのぅ」
「あはは。全くです」
部屋の中にしばらく穏やかな時間が流れたのだった。
その後、ぬらりひょんはリクオを部屋に呼び、私は静かに屋敷の縁側に腰をかける。
さて。これからどう動こうか。
羽衣狐とも接触したいし、陰陽師の方も気になる。
どうしたものか。
ぼんやりと本家の騒動を眺めながら考えていると、後ろの障子がすっと開かれる。
「夜神」
呼ばれて、私はゆっくりと振り向く。
「どうせお前も京都に行くんだろ?だったら…」
リクオがにやりと笑った。
「俺についてこい」
…今しばし、リクオのそばで身をゆだねてみるのも、悪くない。
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