とあまりみっつ

頭がずきずきする。

なんだろう、どっかぶつけたっけ。

それに、どこか頭全体が霞みがかっていて…

私、なにしてたんだっけ。

…リクオ。

そうだ、リクオを鬼童丸から助けようとして、それで…?

リクオは…!?


ふっと急激に意識が浮上した。


「リクオ…!」

ばっと体を起こすと、そこは蓮の花が浮かぶ綺麗な湖の上で…

混乱する頭でなんとか状況整理を試みる。

この空気、ただの地上の空気、じゃない。

どこかの神地に迷い込んでしまったのだろうか。

すっと掬ってみた水は淡く光って手のひらで溶けた。

その水が手のひらに沁みわたるような心地良い感覚に思わず私の顔がほころんだ。


「起きた?」

突然かけられた声に、私ははっと顔をあげると、オシラ神…瀬織津姫命が空中でくるりと回って私を見下ろしていた。

「瀬織津姫命様…、すいません、あの、私…」

「ああ、いいのいいの。連れてきたの私だから」

その言葉に、余計に頭が混乱する。

自分の神地に余所者を連れ込む神なんて、いるはずがない。

そこは、神の眠る場所なのだ。

幼い頃は母様の神地で一緒に眠ったが、それは我が子ならではの事例だろう。

いずれは、私も自らの神地をつくらねばならないが、その場所は己の神使にしか本来は教えぬものなのだ。


そんな混乱する私を余所に、瀬織津姫命は宙で横になって頬杖をつきながら話を進めてしまう。

「あのね、あなた覚えてないと思うけど、予知したのよね。予知、初めてでしょ?」

その言葉に、さらに分からなくなる。

私が、予知?

何のことだろう。

「そう。はじめてね。あなたが天から名前をもらったのはいつ?」

「天…から?」

「そうよ。神は皆天から己の役割と名前を与えられるわ。夜護淤加美。この名前をもらったのはいつ?」

天、から?
私はてっきり母様がつけてくれたものだと…。

答えない私に焦れたように瀬織津姫命が何もないはずの空中をとんとん、と人差し指で叩く。

それに、はっとして必死に頭を動かして私は答える。

「先月、のことです。私が十三になったときに…」

「あら、そう。…随分と早いわね」

「え?」

瀬織津姫命の言葉に思わず声をあげると、彼女は肩をすくめる。

「予知が、よ。予知っていうのは、天からの啓示。天の意思を地上で受け取るのが、私たち地神。それを言霊として知るべきものへ伝えることもあるし、しないこともある。まぁ、そんなことはどうだっていいのよ。重要なのは、あなたが初めて理に触れたってこと」

「こと、わり…」

まただ。
母様との話の中にも出てきた理。

「高天原の“あれ”達に、あなたは随分気に入られているみたいね」

「あれ?」

「…いずれ、分かるわ。あなたが高天原へ行ったときにね」

そう言って、瀬織津姫命はまたくるりと宙で回転して仰向けになって私を見る。

「これから、貴女急成長しそうね。予知、遠見、言読…、まぁ、直接天と触れるのは予知くらいだから、倒れるなんてこと滅多にないと思うけどね」

駄目だ。
私は彼女の言っていることの半分も理解できない。

それなのに、瀬織津姫命は私の背を押す。

水の中へ。


「行きなさいな。私もあなたのこと、少なからず気に入ったんだから。また、この地にいらっしゃい。歓迎してあげるわ」


「ま、待って…!」


声は届かず、私は湖の奥深くに投げ出される。

どこまで底があるのだろう。

いや、今落ちているのではない…?

急速に浮上、している。

周りが優しい水色で、私は一つだけ確信した。

瀬織津姫命が、とても優しい慈母神であること。


「…ありがとうございます」



呟いた瞬間、遠くで笑い声が聞こえたような気がした。




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