とあまりふたつ
じゃり、と地面を踏みしめる音が響く。
その体から立ち昇る畏れは、一瞬にして他者を圧倒し、絶対的な存在感と不確かな現実感を醸しだしていた。
攻撃を仕掛けた鬼達の攻撃はかわされ、わけのわからない事態に畏れにのまれれば、もうそこは…―
リクオの独壇場となる。
棒でニ匹の鬼を切った力の余波が、里の畏れを断ち切ったときの鬼童丸の考えは実に予想が容易いものだった。
『 つぶすなら、今 』
心の声が、聞こえた気がした。
「畏をとくな、リクオ!!」
イタクの叫びもむなしく、気がつけば迫る凶刃。
そして、
―…静寂。
「んなっ!?」
驚きの声をあげたのは、鬼童丸。
「う、動けん…!」
もがけば、もがくほど。
蜘蛛の糸が絡みつくように。
「もっと、苦しくなりますよ。鬼童丸さん」
聞こえたのは、凛としていて涼やかな、声。
「ぬう…!遠野の妖怪か!?」
それに、木々の間から現れた白い狐面の女は静かに首を振る。
「面白くないから」
突然の言葉に、その場の空気が固まる。
「ここで、主役をヤられちゃ、全然面白くないの。京妖怪だから、こうするんじゃなくて、それじゃつまらないから貴方を止めるの」
くすくす、と笑って女は鬼童丸に向かってついっと指をさす。
「ぐ、が…!」
目をよく凝らせば見える水の糸が強く鬼童丸に食い込む。
「…決戦は京にて。鬨の声は空を泳ぐ船の悲鳴。闇の大将がぶつかり、片方は闇よりも暗き闇に呑まれて終を迎える。終から聞こえる産の声。戦は始まったばかり。我に魅せよ、闇の化生共。狂劇の舞台を」
どこか朝日に輝いて消える儚い露のような声に、イタクとリクオは驚いたように目を見開いて彼女を見つめる。
風も吹いていないのに、翻る衣と髪。
面に遮られ、顔は見えないがどこか虚ろとした雰囲気にいつもの夜神の表情が窺えずに二人は困惑する。
そのとき
空気を凍てつかせる冷たい風が勢いよく吹いた。
同時にピキピキ、と音をたてて鬼童丸を飲み込む巨大な氷の塊。
「氷、まで…?」
鬼童丸の声に、冷麗の声が重なる。
「遅いと思ったら、こういうことだったのね。イタク…、あなたリクオの教育係でしょ?間の抜けたことしちゃダメよ」
現れたのは、冷麗だけでなく多数の遠野妖怪。
それに目を奪われた一瞬、どさりと何かが倒れる音がして、慌ててリクオが夜神の方へ目線を戻せば彼女はその場に伏せていた。
「あいつ…!」
しかし、その瞬間がしゃん、と氷の割れる音がした。
「ふん。何か知らぬが水の糸が解けたな」
そう言って、鬼童丸は遠野妖怪をぎろりと睨む。
「…私のやることは遠野を全滅させることではないのだよ。だが…、ぬらりひょんの孫に手を貸したことはおぼえておく。奴良組とつるめば…花開院のように“皆殺し”だ」
鬼童丸はその言葉を残して、里から去っていった。
「おい!」
リクオが真っ先に駆け寄ったのは、倒れた夜神のもと。
「おい、お前…どうしたんだ!?」
肩を揺らせど、反応のない姿にリクオの危機感が募る。
イタクや冷麗達も周りに集まるが、そんな中しゃん、と鈴の音が聞こえた。
「心配しないの。夜神さんは初めての予言に疲れちゃったみたいね」
「!オシラ様!?」
現れたのは榊の枝を楽しそうに振る瀬織津姫命。
「さ。ここから先は神様の領分よ。あなた達、この子を運んでちょうだい」
その言葉に、次々と現れるオシラ神達。
くすくすと笑いながらも夜神を運ぼうとする彼らを止めたのは、リクオの手だった。
「てめえら、何者だ?こいつにゃ、手出しはさせねぇ…!」
ぐっと夜神の肩を強く抱くリクオに、瀬織津姫命はけらけらと笑う。
「若いっていいわねぇ。本当、素敵」
そう言って、瀬織津姫命はにぃっとその幼い童のような唇をにいっとゆがませる。
「でも、分相応って言葉を知っているかしら?ここから先にあなたの出番はないわ。大人しくその小娘をお渡しなさい」
力を入れて抱いていたはずの両腕からいとも容易く夜神を奪われて、リクオが咎めようとしたところを、遠野の妖怪達が止める。
「やめろ。リクオ。オレ達にはオレ達の世界があるように、向こうには向こうの世界がある。神に必要以上に逆らえば、なにが起こるかわかんねーんだぞ」
「良い子ね、イタク。そのやんちゃなおぼっちゃんをきちんと抑えといてね。私たちの塒まで押し掛けられちゃ迷惑だから。それじゃ」
その言葉とともに神々は空を駆けのぼる。
しゃんしゃん、と鈴の音を鳴らして。
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