とあまりひとつ
今日も遠野の朝は早い。
「いってて…」
朝日が昇るのとともに起きて伸びをすると、背中が少し痛んだ。
こんな木の上で寝てるからだろうか。
まぁ、だけど仕方がない。
他の遠野妖怪には存在が知られないようにするために屋敷には私の分の寝床が用意されていないのだ。
だけど、遠野の空気は綺麗だから外で寝るのもなかなか気持ちがいい。
そんなことを考えながら、くあっとあくびをすると、下から冷麗の声が聞こえた。
「夜神さん、朝ごはん持って来たわ」
「ああ、いつもありがとう。冷麗。おはよう、紫ちゃん」
下には御膳を持った冷麗と紫ちゃんの姿。
ここ数日で彼女達とはすっかり仲良くなってしまった。
挨拶を交わして、私は木の上から飛び降りる。
音もなく着地すると、私の前に冷麗がお盆を置いてくれた。
「今日も、リクオはもう薪割り済ませて洗濯に行ったわ。だいぶ慣れてきたみたい」
「そっか。リクオも雑用ははやくこなして修行したいんだろうね。まだ“憑依”全然出来ないから」
苦笑して言うと、冷麗と紫ちゃんもくすくす笑う。
「“ぬらりひょん”の“憑依”ってどんなのかしら。紫が言ってたように、ぬらりひょんって妖怪自体少し分かりにくいから想像できないのよね」
「はは…。ぬらりひょんはぬらりくらり。さて、どんな技が見られるのか楽しみだね」
そう。楽しみ。
これ以上先を知らないから、なにが起こるのか分からない。
リクオがどう強くなるのかも分からない。
それを楽しみに感じている自分を、また感じながら私は朝食を食べ終えたのだった。
「そういえば…」
しかし、冷麗の次の言葉によって私は血の気が一気に下がる気がした。
「今朝早くに、京妖怪が来てたのよね…」
「…え?」
京、妖怪…?
この遠野に?
「なんで…?」
箸を膳に置いて尋ねると、冷麗は肩をすくめる。
「分からないわ。赤河童様にお話があるって。でも、私も淡島ほどじゃないけど、京妖怪は好まないから協力要請だったら嫌ね」
「そ、う…。どんな奴が来たかはわかる?」
今度の問いには紫ちゃんが答えてくれた。
「三人来てたわ。頭みたいのが、確か…鬼童丸、って呼ばれてた」
「鬼童丸…」
思い出せ。思い出せ。
聞いたことのある名前だ。だとしたら過去編に出ていた妖怪…それも名前を覚えているほど、幹部の妖怪。
ならば、恐らく―…
「リクオが、危ない…!」
今のリクオは夜の姿。
400年前のぬらりひょんと姿はそっくり。
はち合わせれば襲われる可能性は大だ。
「え…?夜神さん?」
冷麗が困惑して首を傾げていたが、説明をする暇も惜しくて、ごちそうさま、と言って私は地面を蹴ったのだった。
「イタク!!」
実戦場へ向かう途中のイタクを見つけて、私は声を張り上げる。
恐らく、もう逃げ出す心配はなくなったからイタクもリクオのことを四六時中監視することはなくなったのだろう。
今はそれが仇と出た。
「ん?」
顔をあげたイタクに、私は洗濯場を指さす。
「リクオが危ないかもしれない!説明は後でするから急いで向かって!」
その言葉に、イタクは一瞬眉をひそめてから地面を蹴って私と同じように木々の間を縫って走ってくれた。
リクオの気配を探るには一度落ち着いて水から空気を読まねばならない。
しかし、もしものことがあったら、とその時間が惜しい。
とりあえず、リクオが洗濯場にいれば…!
いなければイタクと別れて探す必要もある。
そう先を読んで、イタクに声をかけた。
この遠野に来てから一番リクオのことを見てきたのが彼だから。
しかし、それは杞憂に終わる。
やがて木々が切れる前方にリクオの姿が見えた。
…―同時に、彼に襲いかかる男の姿も。
―ザンッ
「イタク…」
彼は、私よりもはやく彼のもとへたどりついていた。
ほっとしたが、気は抜けない。
僕の鬼は恐らくたいしたことないが、頭の鬼童丸。
彼の力は、恐らく今のリクオでは…
「…おい。オレらの里で暴れやがって…。京妖怪さんよ…。殺すぞ」
鬼の腕を切ったイタクの言葉に、制止をかけたのは思いもかけずリクオの声だった。
「まて、イタク…。そいつは…オレの敵だ…!!」
ずるり、と岩場から棒っきれを引き抜いたリクオがゆらりと立ち上がる。
「思い出したぜ…」
「 鏡花水月 」
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