とお



「…」

「…」

何とも、気まずい沈黙。

いや、これは自分が気まずいと思っているから気まずいだけなのだろうか。

昨日の風呂事件は堪えた。

遠野ですることと言えば、リクオを見守ることだけ、なんだけど…。

とりあえず実戦場での修行は、リクオの雑用の合間というのが基本だから、今リクオは頑張って洗濯をしている。

それを木の上から眺めてるだけなんだけど…。

ときどき、リクオが自分のことを確認するように視線をよこすから、そのたびに心臓が跳ねる。

一体全体どうしたというんだか。

夜リクオがかっこいいのは分かってるから今更こんなに意識することなんてないはずなのに…!

って、やっぱり風呂か!あとプロポーズ…。

この二つが何とも私を気恥かしい思いにさせているのだった。

「…帰ろっかな」

ぽつりとこぼしたとき

「夜神さん、帰っちゃうの?」

「あら、やだわー。あなた、とても面白いのにー」

同じように木の枝に腰かけているオシラ神様達からブーイングの嵐。

なにが面白いのか、リクオを見守る私のことをオシラ神様達はちょくちょく近くで様子を見に来るのだった。

そのオシラ神様達に、はは、と苦笑して私はもう一度リクオを見下ろす。

「いや、ですけど…別に、私がいる必要もないんじゃないかなー、と思いまして…」

そう言うと、オシラ神様達が一斉に首を横に振る。

「だーめよ。妖怪に恋する神様なんて滅多に見られないんだから!」

「もっといちゃいちゃしなさい!ほら!」

…。

「へ?」

次の瞬間、私は随分と勘違いした発言をするオシラ神様達に木の上から突き落とされたのだった。

―バシャンっ

「な、なにをするんですかぁあー!!」

思いがけない攻撃に頭から川に落ちて、私が木の上に向かって怒ると、オシラ神様達はけらけら笑いながら消えてしまった。

全く、これだから面白いもの好きの神様ときたら…!

ため息をついた私だったが、突然手に感じたぬくもりにびくっと肩を震わせる。

「リ、リクオ…!」

「お前、神様だってのにびしょ濡れじゃねぇか」

呆れたように私の手をひいて川辺に戻してくれたのは洗濯をしていたリクオで。

何故か、全身に熱がこもったように熱くなる。

「ほら、これ羽織っとけ」

そう言ってリクオは自分が来ていた上着を渡してくれるが、それに私は首を横に振る。

「だ、大丈夫…!水なら自分で何とかできるから…!」

そう言って、指をくるりとまわすと、全身を濡らしていた水滴が空中に集まる。

ふよふよ浮く水の塊を川に戻して見せると、リクオが驚いたように目を見張った。

「なるほどな。やっぱ、凄ぇな」

その言葉に少し笑うと、リクオは肩をすくめて上着をばさりと私の肩に勝手にかけてしまった。

「ちょ、リクオ!だから、もう大丈夫だって…!」

言いかけた私を、リクオの言葉が遮る。

「水はどうにか出来ても、冷たい川に浸かったんだからそれ羽織っとけ。風邪ひいたら困るだろ」

「…っ、」

それも、大丈夫、だと思うんだけど…。

でも、断りきれなくて、小さく私はありがとう、とこぼした。

リクオのぬくもりが残る、その羽織を私はぎゅっと掻き合わせたのだった。








「あら?夜神さん、どうしたの、その上着」

洗濯と薪割りが終わったリクオが向かった実戦場に後ろからついていくと、冷麗に早速指摘されて、私は言葉に詰まった。

「えーと、なんか、オシラ神様達に川に落とされて…」

そう言うと、冷麗は一瞬目を丸くしてから吹き出す。

「冷麗…?」

なんで笑われたのか分からず、首を傾げると紫ちゃんが冷麗の後ろから顔を出して説明してくれる。

「私たち、さっき、オシラ様達とあったの。そしたら、面白いものが見れるよって教えてもらったんだけど…」

それに、冷麗がくすくすと笑いながら頷く。

「まさか、夜神さんを川に突き落としてたなんて思わなかったから。それにしても」

そう言って、冷麗がにっこりと笑う。

「大切にされてるのね、夜神さん」

「大、切に…?」

誰に…、なんて流石に聞かなくても分かる。

かあっと熱くなる頬を押さえようとして、初めて自分が面を被っていたことを思い出して私はため息をついたのだった。

なんか、遠野に来てから私のペースがつかめない!

なんだって、リクオの言動に私はこんなに振りまわされてるんだ…

いつもなら、隣で獏が馬鹿だな、って鼻で笑ってくれるのに…

「あ、そうか…、獏…」

いつも不本意そうにしながら傍にいてくれた獏。

彼の前では神らしくあろうと、自分を強く持っていられたのかもしれない。

じゃあ、今の私が、素の私?

妖怪だとか神だとか、関係なくいろんな人に振りまわされて、情けない姿もさらして…。

でも、それをこうやって笑ってもらったり、大切にしてもらうのは、何か…悪くない。

遠野の地にほだされたのかしら。

そんなことを思いながら、私は今日もリクオの修行を見届けたのだった。




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