やっつ


「行くぞー、リクオ!」

「ちょ、待て…!休みを…!うおぉお!」

―ドゴッ ガンッ


リクオがしごかれる様を、木の上で頬をつきながら眺めていると、下で冷麗が手招きしているのが目に入った。

「夜神さん、お茶が入ったからどう?」

「ん!嬉しいね」

その言葉に、すたんと地面に降りたって冷麗さんと紫ちゃんのところへ。

「紫、このお菓子好きなの」

「へぇ、そうなの。見たことないお菓子だな」

紫ちゃんが手渡してくれた饅頭みたいなものを受け取って観察していると、冷茶を淹れてくれた冷麗が教えてくれる。

「それね、醪饅頭(さかまんじゅう)。遠野の名物よ」

「遠野の、か。…ん。美味しい」

面を少し上にずらしてその饅頭を口に入れると、お酒の風味とあんこの甘みが程良い味を醸し出していて思わず微笑みが浮かぶ。

「夜神さんのお口にあって良かったわ」

そんな私を見て、冷麗さんがにっこりとほほ笑む。

修行でぼろぼろになっていくリクオの横で、この一角だけほのぼのとしていたのだった。







「そういえば、冷麗は雪女で、紫ちゃんは座敷童子。鎌鼬とか河童も分かるんだけど…経立ってどんな妖怪なの?」

聞くと、冷麗は少し考え込んでから首を傾げる。

「東北じゃあ、結構有名なのだけど。猿とか、鶏が年月を経て変化した妖怪よ。この辺りでは“猿の経立が来る”と言って悪い子供を脅すのよ。知らないの?」

「へぇ。土彦は猿の経立か。私、東北に来たのは初めてだから…。まだまだ知らないことがいっぱいだなぁ」

「ふふ。まあ、遠野は妖怪の生まれの起源とも言われてるし、夜神さんが知らないこともまだまだあるかもしれないわね」

その言葉に、私は頷いてリクオの方を見る。

ちょうど、あまのじゃくの淡島と闘っているところだった。

「そういえば、あまのじゃく…も、どんな妖怪なの?あまのじゃく自体は知ってるんだけど。妖怪としての戦いっていうか…」

それに、紫ちゃんが食べていた饅頭を口から離して、笑う。

「淡島は昼は男なんだけど、夜は女なんだよ」

「へぇー…へ!?」

思わず流しそうになったけど、ちょっと待て。

「性別、変わっちゃうの?」

もう一度確認すると、冷麗が笑う。

「最初の頃は、淡島もそれを嫌がってたんだけど今ではあまのじゃくとしての特徴を生かした技にしちゃったのよ。“アレ”はすごいわよ」

「へ、へえぇ〜…」

いろんな、妖怪が、いますね…

どんな技なのか気になるところだけど、まぁ、そのうちわかるかしら。

そんなやりとりをしていたら、木の上からくすくすと笑い声が聞こえて、私は首を傾げて上を見上げた。

「あ…」

そこにいたのは、瀬織津姫様の子供達であると紹介されたオシラ神様達が。

「あら。珍しいわ。オシラ様達がこの実戦場に来るなんて。夜神さんを見に来たのかしら」

冷麗さんがのんびりと同じように見上げて言う。

この様子だと、やっぱり遠野の妖怪達は神様を特に畏れたりしてないみたいだ。

何だか、不思議な感じだ。

ああ、でも。

リクオも、私が神だと知りながら、私に隣にいて欲しいと。

そう言ってくれた。


私はそっと自分の白い面を撫でる。

この面は、今の自分に、必要なのだろうか。

いつまで、隠せばいいのだろうか。

いつになったら、

リクオは私を見つけてくれるのだろうか。








その夜。

「夜神さんもお風呂行く?」

紫ちゃんに誘われて、冷麗と上の露天風呂へ。

そのとき

「おいおい。またオレを忘れてるだろ!」

後ろから淡島が慌てたように追いかけてきた。


「え?ああ、夜は女…」

おお。見事な胸だ。

同姓の私から見ても素晴らしいナイスバディ。

「ったくよー。いつになったら覚えてくれるんだよ。夜は女風呂だって冷麗に言われたからそうしてやってるのによー」

ぽいぽいっと服を脱いで、豪快に風呂に浸かる淡島。


「だって、淡島ったら体が女なのにいつも男風呂に行こうとするじゃない」

冷麗が苦笑すると、淡島は立派な胸を張る。

「お?この体か?いーじゃん、別に男に見せたって」

「駄目です」

淡島の言葉に、冷麗がきっぱりと駄目押しをしたのだが…


「ゆら?女か!」

「そいつを助けに行くのか!!美人なんだ!」


「お。面白そうな話してんな」

隣の男湯から大きな声が聞こえてきて、淡島がニヤリと笑って聞き耳をたてる。

「…ってことは…京都は敵なんだな」

「…それがオレ達、妖怪忍者っと言われる…」

「そーそー!!上から目線でよ…さも当然のように自分たちの兵隊を要求してくる!!」

「あいつらの為に働いてたまるかってんだ!!」


男湯の声がだんだんと盛り上がって来る。
それにつれて、淡島のテンションも見るからに上がってきていた。

「いーな!あの話、オレも入りてぇー!!」

「あ、こら!淡島!」

そして、冷麗が止めるのも聞かずに淡島は真っ裸で隣の風呂へ…

「はぁ…」

それに冷麗がため息をついて、紫ちゃんが笑う。

「淡島ってばいつも結局男風呂行っちゃうね。あ、でも今日は淡島のこと知らないリクオがいるよ」

「!!」

真っ裸の淡島が、リクオのところに…

……

なんか許せん。



「冷麗、紫ちゃん、ちょっと淡島連れ戻しに行ってくるわ」

そう言い残して、私は淡島を追ったのだった。






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