ななつ
そして、数分後。
遠野バージョンのリクオが完成した。
…。
似合いすぎだ、この色男め。
「あら、始まるみたいだわ。夜神さん、こっちへいらっしゃいな」
思わずそんなことを考えていた私を、雪女さんが手招きする。
ここにいても邪魔なので、素直に彼女の隣へ。
「寝巻じゃかわいそうだと思って着物貸してあげたんだけど、なんかいーんじゃない?」
きゃっきゃ、とはしゃぐ雪女さんと座敷童子ちゃんが可愛すぎる。
「ねぇ、夜神さんどう思う?私的にかなり良い感じに出来たと思うのだけど」
話を振られて、私は顔を緩ませたまま答える。
「似合ってますね。雪女さんのコーディネートが良かったんじゃないでしょうか」
そう言えば、雪女さんがふふ、と笑う。
「私のことは冷麗でいいですよ」
「んー。じゃあ、敬語もなしにしようか。神様って言ったってまだまだ私は未熟者だし」
そう言えば、冷麗はにっこりと笑って頷いてくれた。
そして始まった、リクオとイタクの戦い。
と思った次の瞬間
「え…、消えた?」
冷麗が驚いたように呟く。
「え?」
それに、私は思わず声を出して目を見開く。
リクオが消えた、と遠野の皆は騒いでいる。
…けど、私の目にはリクオがはっきりと映っている。
普段、捉えられぬ彼の姿を、私ははっきりと認識していた。
「なんで…?」
私の呟きは誰にも拾われることなく、イタクの声にかき消された。
「うおおおおお!!」
気迫とともに、イタクが畏れを憑依させた鎌を振り切ると、周囲の木々が切られ、同時にリクオの畏れも切られたらしい。
「見えた!畏れが断ち切られたよ!」
皆に認識されるようになったリクオは血を吐いてその場に倒れる。
ああ、やばい。
思わず駆け寄りそうになった体を私は自分の腕を握って止める。
今ここで助けに行くのは、違う。
今はきっとあいつにとって、大切な場面。
私が邪魔しては、いけない。
「畏を以て畏をやぶる…。これが妖怪の歴史の必然で産み出された対妖用の戦闘術…。これを、この里では“憑依”と呼ぶ」
イタクの言葉に、リクオが体を震わせる。
「…じじいがやってたのは…それかよ…。妖の…、次の段階…」
悔しいのだろう。
「京都の奴らはそれがねーと倒せねーわけだ」
自分の無力さを知り、悔しくて震える手が地面の砂を掴む。
そして
「頼む。そいつを…オレに教えてくれ!!」
遠野の森に光が射した。
「…ふふ」
私は気付かれないように笑う。
自分の無知と無力を知りながらも、挫折ではなく、高みを望む。そして、それを教わるためなら頭を下げることもいとわない。
それは決して惨めではなく、むしろ憧れを抱く。
これだから、本当にキミは私を飽きさせない。
ずっと見守っていたいと思うんだ。
これが、彼の魅力。
現に、今のこいつの一言でこの場の空気が変わった。
リクオを下に見ていた誰もが、こいつの言葉に聞き入っている。
「“死んで本望”ぐらいの気合いじゃねぇと時間の合間に見てもやらねぇぜ」
イタクの言葉にリクオが立ち上がる。
「弱ぇままなら死んでんのと変わりゃしねえ。死ぬ気でおぼえてオレは京都に行く!」
もう、大丈夫だ。
リクオは、この遠野の地に気に入られた。
この一部始終を見ていたのは妖怪達だけではない。
空気が、森が、この里が、リクオを認めた。
そう、私には感じられた。
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