いつつ


「うおっ!?」

―ドガッ

洗濯物を入れた袋を持って川から岩場に駆けあがったリクオが盛大にずっこけて頭を岩にぶつけた。


「…本当に、あいつがお前みたいな神に気に入られるような奴か?」

「リクオ…」

木の上でリクオを見張るイタクの呆れたような言葉に、私も反論することが出来ずに乾いた笑いを漏らしてリクオを見下ろす。

ナマハゲにいろいろと文句を言いながらも洗濯をするリクオ。

まぁ、“あの”リクオが大人しく意味も分からず洗濯とか雑用をするわけないよなぁ、と思っていたら案の定…

「…逃げたな」

「まぁ、そうなるとは思ってたけど。こんな回りくどいことしないでリクオを鍛えてやったらいいのに」

洗濯物をほっぽり出してすたこらと駆けていくリクオを追いかけながらイタクに言うが、イタクはふん、と鼻を鳴らす。

「悪いが、ただ働きはまっぴら御免だ。今のあいつじゃ、やるだけ無駄だ」

「あら、残念…」

木の上を駆けていくイタクの背中を見ながら私は肩をすくめた。

でも、今のリクオは強くなることに貪欲だ。

この里の畏の秘密を知れば、きっとどんな努力をしてでもその力を手に入れようとするはず。

そう、信じてる。







「橋だ!」

「っ、リクオ!」

里の端に辿りついたリクオが、里の幻に目をくらまされて崖に足を踏み出した。

「…!」

「おい、」

イタクの声が聞こえたが、考える前に体が動いていた。

木の枝を蹴って、宙に放り出されたリクオの腕をがしっと掴んだ。

「お前…!?なんで…」

見上げるリクオの瞳が大きく見開かれていて、私は苦笑する。

「駄目だよ、リクオ。逃げることが正しい選択じゃないはずだよ。京都に行きたいならね」

私の声に続くように、イタクも姿を現す。

「バカだなーお前。お前じゃ…この里からは出られねェってば」

「え?」

私に腕を掴まれて宙ぶらりんのまま、リクオがイタクの方を見る。

「見張りが付いててよかったな。そいつと…この“鎌鼬”のイタクがな」

そう言って、イタクが鎌で木々の間に縄を張り巡らせて網をつくる。

せっかくだから、その網の上に私はどさりとリクオを落とした。

「って!」

網に落とされたリクオが声をあげるが、それは御愛嬌。

リクオの手を掴んでいることが恥ずかしくなったとかじゃない。断じてそんなことではない。プロポーズされたからって、そんなあからさまに恥ずかしがるような私じゃない…はず。

でも、そういえばプロポーズって…その…リクオは私のことを好いていてくれてるってことで…

今更ながら胸がばくばくしてきた。

うわぁ、バカだ私。考えるんじゃなかった。


私が勝手に一人でどきどきしたり、落ち込んでたりしている間にイタクの言葉でリクオは“畏”の力についての何かに気づいたらしい。

「“畏れを断ち切る力”…。じじい…、そうかその為にオレはここにつっこまれたのか…!!」

リクオの言葉に、私は我に返ってリクオの顔を見て、私はほっと胸を撫で下ろす。

ああ、もう大丈夫だ。


「おい、行くぜ」

そんなリクオを残して、イタクはさっさと私に声をかけてどこかへ向かう。

「あ、ちょ…」

ここでリクオと二人きりになるのは何か嫌だ。

そう思って慌ててイタクを追いかけたのだが

「おい!ちょっと待てよ、二人とも!」

リクオもその後を追いかけてくる。

「ちゃんと洗濯しとけよ。俺は稽古に行くかんな。おい、お前も来るだろ?皆に紹介すんぜ」

リクオの言葉を気持ちいいほどスルーして、イタクが私に聞いてくる。

「ん…。まぁ、せっかくお邪魔せさてもらってるんだしね」

私もリクオのことを気にしながらもイタクの言葉に答える。

「おい!無視すんじゃねェよ!さっきのやつ詳しく教えてくれ!」

「……」

「イタク…」

あくまでリクオの言葉に答えないイタクに私はため息をつく。

私の勘違いでなければ、彼は一応リクオの“見張り”ではなく“指導係”のはずなんだけど。

まぁ、それが彼のやり方なら私の口出しするところじゃないだろう。

どうなることやら。

私がもう一度ため息をついたとき、“そこ”に着いた。

ここからでも、たくさんの“畏れ”を感じる。

立派な大きな古木の切株に集まる妖怪達。

ここが、遠野の稽古場。





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