みっつ


「さってと」

私は深い森の中で頭を掻く。

ちなみに、いつリクオと鉢合わせするかもしれないから衣面は装着済み。

手にはぬらりひょんからもらった遠野の隠れ里「妖の里」への地図。

おおまかすぎる地図に大きく書かれたばってん印。

大雑把すぎてよく分からないけど…。


ここら辺は、おかしい。

あきらかに空気が“歪んで”いる。

「もしかして、こういうことかな?」

私は懐から水切丸を取り出して―…


ばっさりと宙を掻き切った。

その瞬間、風が舞い上がり、羽織った衣がばさりと音をたてて翻る。

そして現れた空間のひずみ。

「見ーつけた」

流石、隠れ里。

遠野の深い森の空気と相まって、私は思わず笑みを浮かべてしまう。

こういうの、昔から好きなんだよね。

なんてことを心で呟きながら一歩、里へ入った瞬間



首筋にぐっと冷たく研ぎ澄まされた刃が押し当てられた。

「てめえ、何者だ」

「あら。手荒い歓迎ね」

後ろに感じる気配に私は首をすくめる。

「何処の者だ。名を名乗れ」

ぎり、と食い込む鎌に私は苦笑する。

「人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀じゃなくて?」

あまりに一方的な歓迎に多少剣を込めて言うと、後ろの人物は舌打ちをする。

「俺達の里にこんなに乱暴に押し入ってきた奴に名を名乗るつもりはねぇ」

乱暴?

言われた言葉の意味が一瞬分からず首を傾げたが、目の前の光景に目をやり納得する。

里の畏れを切ったときの手加減を間違えたのだろう。

生い茂るたくさんの木々が一方向に果てしなく薙ぎ倒され、一筋の溝が大きく里をえぐっていた。

遠くの方では、今も力の波動で木が倒れる音がここまで響いてきていた。

これは明らかに侵入方法を間違えた。

「えーっと…。謝ったら許してもらえる…かな?」

「んなワケねェだろ」

「…ですよねー」

早速、遠野の里の者を敵に回してしまったみたいだ。

いや、そりゃ怒るよね。

私だってこんな無闇に自然破壊をしたかったわけじゃない。

「ちょっと失礼」

私はそう言って屈んで地面に手をつく。

「おい!てめえ、勝手に動くんじゃ…!」

鎌を突き付けていた人が怒鳴るが、その声も途中で呆気にとられたように消える。

私は地面につけた両手に力をこめる。

…不思議だ。

前まで…黄竜になるまではこれほどの力はなかったはずなのに。

溢れてくる暖かい力が心地よくて、地面に手をつけたまま私は目を閉じた。

ああ、聞こえる。

地面の胎動と命の脈動が。

人を癒す時のように、自分が壊してしまった地面の傷に私は水の力を流し込む。

その力に喜ぶように命が芽吹くのを感じる。

青々と新しい命が、弾けて歓喜の声をあげている。

もっと。

もっと力強く。

私は口元に穏やかな笑みを浮かべながら、全身で大地の喜びを感じていたのだった。










なんだ、こいつは。

里の畏れが凄まじい衝撃で破られたのを感じて、急いで駆けつけてみれば、そこにいたのは衣を羽織り、白い面をつけた一人の、女。

そいつが放った力は里の森を真っ二つにした。

沸々と怒りが湧きあがって来るのをイタクは止めることが出来なかった。

断りもなしに侵入してきて、俺達の里を滅茶苦茶にしやがった。

遠野を敵に回すとどうなるか思い知らせてやる。

一瞬でそいつの背後を取り、首に鎌を突き付けてやれば、返ってきたのは全く動じてもいない反応。

こっちは殺気を出しているのに、構えようともしない余裕の態度が余計にオレを苛つかせた。

無礼極まりないこいつが、オレに礼儀がどうのとか言ってきた時は本当に殺してやろうかと思った。

しかし、次の瞬間


捕らえていた鎌からふっとそいつが消えた。

ありえない。

オレが相手をみすみす取り逃がすことなど、あるはずがない。

一瞬、オレの思考がそこで止まった。

その隙に逃げることができたはずのそいつは、何故か地面に屈みこんで手をついていた。

「おい!てめえ、勝手に動くんじゃ…!」

慌てて我に返って今度こそ息の根を止めるために鎌を振り被った瞬間だった。




ぶわりと突如風が舞いあがり、思わず両手で顔を覆う。

そして、次に目に飛び込んできたのは信じられない光景だった。


「森が…」


こいつによって薙ぎ倒された木々から新しい芽が芽吹き、みるみるうちに大きく成長していく。

その様はまるで、森が生きているように。

大きく抉られた溝には以前よりも生き生きとした、豊かな緑が。

そして、それは明らかに地面に手をついているこいつの力で。

直接見た太陽の光のように強く、だけど命を育む川のせせらぎのように心地の良い、おそろしい力。

「ありえねェ…」

この数分で何度目かの言葉が口をついてでてきた。

怖れ、恐れ、畏れ。

この少女から感じるこれは、どれにもあてはまらず。

ただ、この少女の力に包まれて、イタクは目の前の侵入者に対して構えを解いてしまったのだった。









「ふはっ!気持ち良かったぁ。…うん。森も元気になったみたいだし。これで許してもらえる?」

地面から手を離して後ろを振り返れば、鎌を持った両手をだらりと下げた男の子が私を見ていた。

「…何、者…だ?」

私の言葉を聞いている様子はなく、呟かれた言葉に私は面を外して、にっこりと笑んだ。

「私は夜護淤加美神。これでも一応神様やらせてもらってます」




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