ふたつ


「で?どうするんだ?」

清継くんに撃沈して家に帰ってため息をついてると、獏が呆れたように聞いてきた。

「どうするったって…。今の京都がどんなのかぐらいあなただって分かってるでしょ?」

京都の妖気にやられて倒れてた本人なんだから、とじと目で獏を見ると、獏は少し気まずそうにそっぽを向く。

「あの子達はなんとしても行かせたくなかったんだけどなぁ…」

絶対、何かあるに決まってる。

知らない未来だけども、彼女達は大切な役者。

巻き込まれないわけがない。

「まぁ、私とあなたでどうにかフォローしてくしかないわね」

縁側から空を見上げると、まるで不吉なことを示唆しているかのように分厚い雲が空を覆っていて、ぽつりぽつりと雨が降り始めていた。

「いいのか?」

獏の言葉に首を傾げると、獏がこっちをまっすぐ見ていた。

「あいつらについていては、夜神として動けなくなるぞ」

「…それもそうなんだけどねぇ」

もう一度はぁっとため息をつく。

彼らにばかりついていてはリクオの行動も、京妖怪の動きも、見守れない。夜を見守る私の仕事が、出来ない。

「困ったなぁ」

激しく降り始めた空に向かって呟いたとき


「お前さんも大変そうじゃのう」


「へ?」

聞こえるはずのない、第三者の声に私は間抜けな声を漏らす。

振り返れば、座敷でゆったりと胡坐をかいて煙管をふかしている、ぬらりひょんの姿。

「え?あれ?いつから…、どうやって?」

「さっきその縁側から入ってきてたぞ」

突然のことに上手く疑問を言葉に出来ずに呟くと、獏が答えてくれる。

「おや?お前さんはワシが見えてたんかい?」

意外そうなぬらりひょんの言葉に獏は鼻を鳴らす。

「これでも、長くを生きてる霊獣だからな」

「ほう、そうかいそうかい」

面白そうに笑うぬらりひょん。

「待って待って、あんた見えてたなら止めるなり私に教えるなりしてくれないの!?」

あきらかに不法侵入だろう!

獏に言えば、獏は肩をすくめる。

「ぬらりひょんは“そういう”妖怪だからな」

「ほっほ。よぅくわかっとるようじゃのう」

またまた笑うぬらりひょん。

「…はぁ、まあいいや。えーっと…」

私はぬらりひょんのことを追求するのは諦めて洗濯物のカゴを漁る。

「あったあった。はい、ぬらりひょん」

ぽいっと放ったのは乾いたタオル。

ぱちくり、と目を見開くぬらりひょんに私は少し笑う。

「雨の中、来たんでしょ?濡れてるよ」

そう言えば、ぬらりひょんもそのタオルを受け取ってにかっと笑う。

「悪いのう。助かるわい」

「で?なにしにきたの?わざわざうちにまで」

単刀直入に聞けば、ぬらりひょんは途端に真剣な顔つきになる。

「この前のこと、覚えとるかい?」

「この前?」

突然の言葉に私が首を傾げると、ぬらりひょんは外を見て目を細める。

「四国との争いのあと、うちで月見酒をしたじゃろう」

言われて、思い出して頷く。

「そのときの言葉を、覚えてくれてるかい?」

「…リクオをよろしく頼む、ってことかしら?」

思い当たる言葉がそれしかなくて確信しながら聞けば、ぬらりひょんは頷く。

「リクオがな、あいつ、京都に行きたいと…言いおった」

「…そう、ですか」

何を言ったら分からず曖昧に相槌をうつ。

「今の京都の様子、先程の会話からすると何が起こっているかは知っているようじゃな?」

先程って…。本当にいつからいたんだ。

まぁ、いいか。

「知ってますよ。羽衣狐の復活と、四百年前のあなたの活躍も」

言えば、ぬらりひょんは少し驚いたように煙管を口から離す。

「母様から、聞いております。とても面白い戦いだったようですね」

少し嫌味を込めてにっこりと笑ってやると、ぬらりひょんはふっと笑う。

「そうかい。…龍神さんは見ててくれたのかい…」

「…」

嫌味で言ったつもりなのに、何故か嬉しそうに目を細めるぬらりひょん。

駄目だ。私じゃこのじじいにまだまだ勝てない。

肩を落として落胆していると、ぬらりひょんがふぅっと煙を吐いて私を見る。

「ワシは、リクオを奥州の遠野一家に引き渡した」

「…」

それは、知っている。

そこまでは、知っているよ。

「神様に頼むんは筋違いじゃということは百も承知じゃ。しかし、これも何かの縁。どうかこのおいぼれじじいの願い、聞き届けてもらえないじゃろうか」

頭を下げるぬらりひょんを私はただ見つめる。

ぬらりひょんは頭を下げたまま、言葉を発する。

「どうか、リクオの奴のこと、見守ってくれないかい」

「…それは、リクオを追って遠野に行けと?」

静かに聞けば、ぬらりひょんは顔をあげずに頷く。

「これは、あいつの修行じゃ。一切手は出さなくて良い。ただ、見守ってやれんじゃろうか」

「…なぜ、私に?」

なんで。

その行動になんの意味がある?

首を傾げた私に、ぬらりひょんが顔をあげてにっと笑う。

「水姫さん、だからじゃよ。他の誰でもない。それがあいつの力になる」

「…!」

こ、の、じじい…!

あの夜のやりとりを盗み見てやがったな…!

夜、桜の木の上でのリクオの顔を思い出して、顔がかぁっと熱くなる。

「…はぁ。獏、清継くん達は頼めるね?」

「水姫」

咎めるような獏の声に、私は首を振る。

「神も役割も難しいことは関係ない。あいつがね、私の原点なんだ」

思い出した。

彼を見守りたいと私はここに来た。


まだ答えは出ないけど。

どうしたいかは分かっているんだ。


「ちょっくら奥州まで行ってくるわ。あとはよろしく」

私は憮然としている獏に笑顔でそう告げたのだった。




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