とあまりふたつ
「改めまして。私は夜神こと夜護淤加美神。これでも夜を司る一柱の神です。妖怪とはいろいろ御縁がありますので以後、よろしく」
その自己紹介は本家で行われた。
結局あの後は無理矢理な感じで百鬼夜行に本家に連れていかれて妖怪さん達の前で名乗ることになった。
名乗れば、妖怪達はどひぇー!と声をあげてうろたえまくっている。
「ほ、本物の神様じゃー!」
「陰陽師なんかの比じゃねぇよ!なんで若は本家によんだんだぁあー!」
中には、私のいる部屋から逃げだしたり、腰を抜かして悲鳴をあげている者もいる。
一体彼ら妖怪にとって神ってどんな存在だと思われているんだ。
それを少し遠くからぬらりひょんが笑いながら見てて、思わず何かぶつけてやりたくなった。
「…」
とりあえず、部屋の中にいてはうろたえた妖怪達が暴れ回って襖とか壊してしまうものだから申し訳なくなって私はため息をついて外に出た。
「よう」
庭に出ると、私をここへ連れてきた張本人、リクオが優雅に枝垂れ桜の上から私を見下ろしていた。
そんな彼を見上げるのが癪で、私もひょいっと枝垂れ桜の枝に飛び乗る。
リクオよりも高い枝に座って、リクオとしばらく騒がしい屋敷を眺めていた。
「神様だったのか」
リクオの呟きに私は肩をすくめる。
「…まあね」
「そうか」
会話はそれっきりだった。
屋敷は大騒ぎなのに、ここだけすごく静かで、穏やかな時間だった。
ゆらちゃんが雪女と言い争ってる声も聞こえる。
リクオは、何を考えているんだろう。
神との距離、を感じているのだろうか。
かつてのぬらりひょんのように、縮められぬ距離を感じて、私から離れるのだろうか。
「…神が、百鬼夜行に並ぶのは可笑しいよな」
ぽつりとリクオが呟いた。
その言葉に、何故か胸がきゅうっと絞めつけられる。
もとから、百鬼夜行に並ぶのが不可能なことなのは自分が一番良く知っているはず、だったのに。
でも、その言葉が私とリクオの距離を遠く離してしまったようで。
私は何も言わずに空を見上げた。
綺麗な半月、だった。
「だから」
リクオが煙管を手で弄びながら同じように月を見上げた。
「もしオレがお前を見つけられたら…。後ろじゃなくて、オレの横に、いてくれねェかい?」
「…」
…。
……?
ん?
後ろ、じゃなくて、横に?
見上げていた半月が急に何かに遮られる。
「なぁ。オレと一緒に百鬼夜行を背負ってくれねェか?」
代わりに、視界が捉えたのは至近距離のリクオの顔で。
いつの間に、とか、彼は何を言っているんだとか。
頭の中はぐるぐる回っていて。
整理できないまま、私は羽織った衣をぎゅっと握りしめた。
なんで?
人でも妖怪でもなくて、顔すらも知らないはずの私に。
彼は、“一緒”に背負って欲しい、と。
それは、どうやら私の解釈が間違っているのでなければ…
リクオの手が、私のあごをくいっと掬いあげた。
白い面を、まるで愛おしいように撫でて、彼は私の眼を見つめる。
それは…
「プ、ロポーズ…ですか?」
「どうやら鈍くはないみたいだな」
そう悪戯っぽく笑って見せた彼。
待て待て待て。
「リクオ…それは…」
「今はまだ答えなくていい」
言いかけた私の言葉を、リクオが遮る。
「まだ本当のお前を見つけていないしな。だが…」
こつん、とリクオの額が白い面にあてられて、そこからじわりと熱が伝わる。
「どんな答えだろうと、オレは諦めねェからな」
「…っ!?」
それは、驚くほど強引で甘い、束縛の、言葉。
それ以上、言わないで。
せっかく見つけかけた道を私は見失う。
距離が離れることが寂しいと思いながらも、見守る、と距離を置こうとしてたのは私の方で。
全てを愛さなければ、と神としての私は思う。
じゃあ、本当の“私”は?
“私”はどうしたいの?
こんなにも彼の言葉に胸が逸るのはどうして
綺麗な赤い瞳から目を離せないのはなんで
ざわり、ざわり、と自分の中で何かが激しくぶつかり合う。
これは、なに?
私が、彼に抱いているのは、憧れなのか恋慕なのか。
違う。これは私の知っている未来じゃない。
彼が原作で本当に想いを寄せていた人は…
誰、だった…?
思い出せない
それを考えるのが何かすごく恐ろしくなって私はかたかたと震えてしまうのを止めることが出来なかった。
「取り込み中悪いが、小僧。それ以上主を苦しませないでもらおうか」
ふわり、と突如視界が変わる。
気付けば、私は獏の背中にいて。
「神を口説くとはなかなか見込みがあるが、まだまだ青いな。出直してもらおう」
「…人の恋路を邪魔する奴ぁ、馬に蹴られるぜ」
「ほう。残念だが、今回に関しては馬も私に味方してくれそうだ」
獏はそう言って笑う。
あんた、それ白馬と黒馬のこと?
ようやく我に返って私は呆れて笑う。
「はは…、リクオ。そのことは後々検討させてもらうよ。いずれ、答えが見つかるときまで」
ようやくいつものペースに戻って私は獏の背中を軽く叩く。
それで意思が通じて、獏は屋敷を後にして、夜空を駆けたのだった。
そう。いずれ、答えが出るまで。
私は弱いから。
そう言って逃げることしか出来なかった。
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