ななつ
「それでは、母様。皆。行ってまいります」
2年前、学校に通うと決意したその場所で私は新しい一歩を踏み出そうとしていた。
見送りには母はもちろん、ほとんどの精霊達も集まってくれていた。
12年間育ったこの地ともしばらくの間さよならだ。
いや、正確に言うなら12年間と少し、だ。
白馬と黒馬が修行に納得いくまでは行かせられないと、頑として言い張ったので、入学シーズンである四月はとっくのとうに過ぎ去っていた。
原作をしっかりと覚えていたわけではないので、今がどこの時期にあたるのか全く分からない。
(だからきちんと入学式から通いたかったのに…)
しかし、修行を時期までに終わらせられなかったのは自分の力不足だ。
そこは、まぁ、仕方ない。
せめて牛鬼編が始まっていないことを祈ろう。
リクオが自分の血と向き合う場面は見守りたい。
あ、あとできるならゆらちゃんとか守ってあげたいしなぁ。
そんなことを考えながら、歩きだそうとした私を母が呼びとめる。
「水姫や」
母の声にくるりと振り返ると、母は何かをポーンっと投げた。
それを両手で受け止めて私は首を傾ける。
「…お面?」
狐のような文様を施したそれは、お祭りの時に売っているような軽いものではなく、木のずしっとした重さがあった。
漆塗りのようにつるりと白く光るお面からは不思議なぬくもりが手に伝わる。
「それは衣面という神器じゃ。人に自分を知られたくない時に使うと良い。母も街に降りた時はこれをよく使っていたものよ。気配も霊力も隠してくれる優れものよ」
そう言って豪快に笑う母の横では幾人かの精霊が呆れたようにため息をついていた。
恐らく、これのせいで散々苦労したのだろう。
私は苦笑しながら手を振る。
「ありがとうございます。母様。大事に使わせていただきます」
そう言って再びくるりと踵を返そうとした私を再度母の声が止める。
「水姫、一つ覚えておくとよい。神というのは気まぐれじゃ。そしてその行動は誰にも咎められはしない。誰に肩入れしようが、誰を相手にまわそうが水姫の好きにするが良い。好きに生きよ。おぬしは神の子なのじゃから」
その言葉に私は思わず固まる。
自分の行動で、原作の…リクオ達の未来が変わるようなことがあったらどうするか。
リクオ達の助けになれたらいいな、とぼんやり思ってはいたが、本来異物である自分が介入することで結果が変わるようなことはあってはならないと自分の中では思っていた。
そんな自分の考えを見抜いたように言われた母の言葉で一気に心が軽くなるのを感じた。
「はい!それでは、着いたらすぐに連絡を入れますね。行ってきます!」
なるべく目立たないように好きにやろう。
前の世界で好きだった、奴良組の妖怪たちやゆらちゃん達がなるべく傷つかないように。
こうして私は貴船を後にした。
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