疑惑×獣医

「…ありがとうね〜」

深く潜水した海賊船の窓の向こう側に見えた超大型海王類に手を降ってサイカはため息をつく。

「おかしいな…」

おかしいのだ。
私がここにいることがばれているはずがない。
よく考えればあの島が海軍に囲まれたことからおかしなこと続きだ。
ここまで来ると、完全に私の居場所がばれているとしか思えない。
そうだとすると…"彼"の身に何か起きたのか。

深く思考に沈んでいたサイカが彼の存在に気づいたのはだいぶ後だった。

窓から見える深く暗い海よりも、少し明るくそして鋭い群青の色にサイカは笑って見せる。

「あれ、船長さん。いつからいらっしゃったんです?いやだな、一声かけてくださればよかったのに」

サイカの装ったへらへらとした台詞は有無を言わせない瞳に黙殺される。

「…」

しばしの沈黙。

深い海の底には船のエンジン音だけが虚ろに響いていた。

それが余計に静寂を際立たせる。

「…大将の狙いはお前か?」

ようやく投げかけられた短くも核心を突く問いにサイカは苦笑を漏らす。
本当にこの船は厄介だ。

「そうだとしたら?どうします?」

振り返らないまま窓に映る瞳をじっと見つめる。

「…訳を話せ」

ああ、本当に厄介だ。
この船長さんは、優しすぎる。

大将を呼び込む疫病神に訳を話せと言う。
聞いてから判断するのだと言う。
この危険因子を、まだ外に放り出さないと。

やだな。

心の中でぽつりと呟く。

やだな。私はこの船が、海賊団が好きになってしまう。

だから、サイカは振り返ってローに笑顔を作る。

「ふふ、やだな、冗談ですよ。大将の狙いがこんなしがない獣医なわけないじゃないですか。私には海軍本部のお偉いさんがなぜこの船に来たのかなんてさっぱり分かりません。船長さんの方が心当たりあるんじゃないですか?」

なにせ、善良な一般市民の私と比べてあなたは世間を騒がす賞金首だ。

へらっと笑って言えば、ローは目をすっと細める。

「言えないのか?」

ああ、綺麗だ。
綺麗な冬の海の色だ。
雪がちらちらと舞って海に溶けていく色だ。
まっすぐに瞳を射抜かれてサイカは思わず息を飲んだ。

ローの目を見返したまま動きを止めたサイカに怪訝そうに眉をあげた彼は、ため息をついて首を振った。

「まあ、今はいい。だが、次の島までに白状しなけりゃこの船から降りてもらうからな」


答えないサイカに踵を返してローは私の部屋からでていった。
ぱたり、と扉の閉まる音と共にサイカは息をつく。

「とんだ失敗だ」

一人残された部屋で呟く。

船から降りてもらうという言葉が、こんなに胸に痛いなんて。

苦い笑いを噛み締めてサイカはベポの検診に向かう準備を始めたのだった。



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