獣医×シャチ


「オレの船に乗るからには、お前にも働いてもらうからな」

ベポの診察を終えると、それを見守っていたローが言いながら私を食堂に連れて行く。

「了解です。隈船長さん」

「おい。誰が隈船長だ」

あなたに決まっているじゃないですか、と笑うと殴られそうになったのでひょいっと避ける。

「ほんとに短気ですねぇ。カルシウム、摂ります?」

カバンからビタミン剤を取り出せば、無視された。

「私特製の美味しいビタミン剤なのに。ま、犬用のなんですけどね」

そう笑うと、今度は首筋に刀を突きつけられたのでサイカは大人しく肩をすくめてみせた。

「…お前、戦闘は?」

「私は獣医なのであまりそっちの方には期待しないほうがいいと思いますよ」

「なら雑用だな」

「ほう、雑用。そういったことはしたことないのですが、いろいろと実験が出来そうで楽しそうですね」

「…妙なことすんな。監禁するぞ」

お互い冗談ではない言葉の応酬をしていると、食堂に到着する。

そこには既にこの船のクルーたちが揃っていた。

彼らの前でローがとても不服そうに口を開く。

「もう聞いていると思うが、ベポの件でしばらくこいつを船に乗せることになった。…自己紹介しろ」

言われて、サイカはクルーたちの前でお辞儀をする。

「獣医のサイカです。どうぞよろしくお願いします」

クルーたちは戸惑いながらも、よろしく、なんて言葉をちらほら返してくれる。
そんな彼らが海賊に見えずに少し笑っていると、ローが冷徹に言い放つ。

「こいつはベポの治療が終わり次第降ろすから妙に情を移すんじゃねェ」

「うわあ。隈船長、空気読めないですね。せっかくこっちが短い間でも楽しくやれそうと思っていたのに」

「黙れ。まだてめェを信用したわけじゃねェ。ここにいる間は雑用をやらせる。…シャチ、こいつの見張り兼教育係をやれ」

オレっすか!?と素っ頓狂な声を上げたシャチくんに、サイカはひらひらを手を振って見せる。

「さっきはどうも。私の面倒を見るなんて大変だとは思いますが、頑張ってくださいね」

「いや、なに他人事みたいに言ってんだよ!おめえのことだよ!」

「ふふ、分かってますよ。バカじゃないんですから」

「いや!オレの経験から言わせてもらうとお前はバカだ!」

ああー!絶対ェオレ苦労するじゃんかぁ!と、隣のPENGUINと書かれた帽子の男にすがりついて泣く様はなかなかに面白かった。





さて。

あの島から無事出れたのはいいものの…。


サイカは、ローから解散を指示された後考えにふける。


なぜ、場所が割れたのか。
今回は“彼”からのサインはなかったはずなのだが…。

「なァ」

“彼”に知られずに…?
そんなことが可能だろうか…
大将までが動いたと言うのに…

「なァ、おいってば!」

肩を揺さぶられて、サイカは初めて誰かが私を呼んでいたことに気が付いた。

「おや、すいません。呼びました?」

笑顔をつくって振り向けば、そこには怒りで体を震わせているシャチが。

「呼んだよ!何っ回もな!お前、わざと無視してたんじゃねぇだろうな!!」

サングラスから覗く目にうっすらと涙が浮かんでいるのが気のせいじゃないとしたら、だいぶ彼はいじめがいがありそう…失礼、遊びがいがありそうな人だ。

「ふふ、私に何か用ですか?」

思っていることを笑顔に隠して聞けば、シャチさんが怒鳴る。

「否定しねぇのかよ!つうか、お前雑用係なワケ!わかってんのか!?」

「ああ…。そんなことを隈船長さんが言ってましたねぇ」

「隈船長…!?お、おま、船長をそんな風に呼んでんのか…?」

もうどこから突っ込めばいいのかわかんねぇよ、と頭を掻くシャチの肩に手をぽん、と置いてサイカは慰めてあげる。

「あんまり悩まない方がいいですよ。髪、抜けちゃいますから」

「誰のせいだよ!」

そう怒鳴る彼の拳を笑ってかわしながら、サイカは船の中を見渡す。

私達の様子を興味津々に見ているクルーたちの雰囲気や衛生的な船内。それに、トラファルガー・ロー。

なかなか、面白く過ごしやすい移動手段を見つけられたようだ。


答えの出ない疑問を、そんな満足感で押しつぶしてサイカはこれからしばらく続くであろう新しい日々に想いを馳せたのだった。


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